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早口

「……!」


「……!」


 桃とコーは、お互い驚きに目を見開きながら、見つめ合った。


 口の中に、たったひとかけらの太陽の実を入れた瞬間のことだ。


 その甘く柔らかで、身体中を支配するような幸せの味に、女二人が同じ衝撃を受けた瞬間だった。


 コーは、ただただ足をジタバタとして、その味を言葉にできないもどかしさをあらわしている。


 桃は。


 ぎゅーっと、口の中で委細もらさず味わうので精一杯。


 世界でも、本当に幸運な人々しか口に出来ない、太陽の実。


 この町の人々にとっては、二度目の幸運だ。


 子供たちは、指についた果汁さえ逃さないように、一生懸命なめ取っている。


 勿体無さ過ぎて、桃は飲み込めずに我慢していた。


 至福の味。


 太陽の実とは、よく言ったものだ。


 それは、太陽の味がするという意味ではない。


 現在の権力者である太陽が、自分の名をつけずにはいられないほど、他に変えがたい甘露、という意味だ。


 桃は、目を閉じた。


 五感のひとつをふさぐ方が、この口の中の芳香と甘さをより感じられる気がしたのだ。


「桃~」


 情けない声で呼ばれ、はっと目を開けると。


 コーが、しょんぼりした眉で、自分を見ていた。


「飲みこんじゃった…」


 その言葉が余りにおかしすぎて。


 桃まで、ごくんと口の中の実を、飲み込んでしまったのだった。


 あー。


 コーと同じ眉になってしまう。


「なめらかな、甘き蜜露…ですわね」


 早口のジリアンでさえ、うっとりと漏らす言葉は──本当にゆるやかだった。



 ※



「機会があれば、都へいらっしゃいませんか?」


 ホックスは、そうジリアンに話している。


 桃は、それを少し珍しく思った。


 言葉に、熱意を感じたからだ。


 いや。


 彼という人間そのものが、少しずつ温度を上げている気がする。


 女二人が、寺子屋見学で遅く帰って来た時、一番怒っていたのはホックスだった。


 学問のみの世界で生きようとしていた彼は、旅と人を通じて随分変わったのだ。


「でも私、余り長い間、太陽の木の側を離れたくありません」


 その変化を、ジリアンは知らない。


 彼女は、なめらかな早口で都に興味がないことを伝えるのだ。


 興味があるのは、屋敷にある太陽の木。


 それだけなのだと。


「あの木は、そう遠からずあなたのものではなくなります」


 ホックスは──ひどいことを言った。


 桃は、直接ジリアンと話をする機会はなかった。


 だが、彼女が曽祖父に太陽の木をもらい、それこそ都に興味がわかないほど、その木のことを大事にしている。


 それくらいは、聞き及んだこととさっきの言葉から理解出来る。


「そんなことありませんわ。何て失礼な!」


 ああ。


 案の定、顔を真っ赤にして怒り出すジリアンに、桃は困った汗をかいた。


「貴女は、次の領主になるわけではないのです…」


 だが、ホックスはたじろがなかった。


 そして。


 核心を突いたのだ。


「貴女の立場と年齢を考えれば、そう遠くなくどこかへ嫁ぐことになるでしょう。そうなると、太陽の木と引き離されることになります」


 ジリアンほどの早口ではないが、彼は多弁だった。


「そんなこと……!」


「都へいらっしゃい。そして、太陽妃の庇護に入られるといいでしょう。そうすれば、勝手に嫁がされることはありませんし、あの木の正式な持ち主として、太陽妃の名の元に認可される道が残されます」


 ホックスの言葉が──ジリアンの早口に勝った瞬間だった。

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