女性と20年前の因果
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ハレたちは、既に帰路についていた。
太陽の木との対面は、二日で終わったのだ。
セルディオウルヴ卿の孫娘──ジリアンは、ハレとホックスの好奇心を満足させた。
彼女は、小さい時から曽祖父と太陽の木を育てていて、その成長記録を書面で残していたのだ。
絵心のある子供だったのだろう。
木の特徴を、それぞれの年ごとに絵で描いていた。
母は、とても植物を愛しているが、残念ながら絵心はないようで。
頭に焼き付いている植物の特徴や姿を、絵で表すことが出来ないのだ。
学術的な絵を描ける人間も、これから必要になるだろう。
植物だけではなく、建築、文化。
その細部の記録を残すには、文字だけではどうしても限界があるのだ。
「殿下の母上と、話が合うのではありませんか?」
ホックスが、ジリアンのことをそう評した。
ハレも、そう思う。
だが、太陽妃という立場の母が、遠距離の彼女の元を訪ねることは難しいだろう。
逆ならば、可能かもしれない。
ジリアンを、都へ招待するのだ。
この国でただ一人の、太陽の木の専門家として。
そんな彼女に、もっと太陽の木への造詣を深めてもらうために、ハレはひとつ伝えてきたことがあった。
ジリアンの行動力と、祖父の甘さがあれば、近いうちにそれは叶うかもしれない。
ハレは。
そう、思っていた。
近いうちに、と。
だが。
「追いつきましたわ!」
彼らを追い越そうとした荷馬車の後ろから、ジリアンがひょっこり顔を出したのだ。
祖父の甘さは、ハレの予想を遥かに上回っていたのだろう。
「次の村ですわよね? お乗りになりません? そうですの。では、申し訳ありません、お先に失礼する無礼をお許し下さい」
そして、風のように彼女の荷馬車は行ってしまうのだ。
次の村。
それは──太陽の花を、守る男の住む村。
※
その女性は。
ハレたちに、幸福を運ぶ使者となった。
村に入る時、彼らは大勢の村人に感謝を持って迎えられたのだ。
祭りの時と、同じような飾り付けを広場にしつらえて。
「よかった、ちょうど飾りつけが終わったところです。皆さんが来ると聞いたら、村の人たちが突然浮かれ始めて」
ジリアンは、相変わらずの早口で、要点のつかみにくい言葉をハレに放り投げる。
そんな彼女の向こうに。
あの、男がいた。
太陽の果実に魅入られた男。
「お待ち申しておりました。必ず、もう一度お立ち寄りいただけると信じてました」
捧げられた大皿に並ぶのは──果実。
完熟を、いまやまさに過ぎようとしている、甘い芳香の実が。
その数は。
3つではなかった。
たくさんの実が美しく、そしていまにも崩れそうな不安の美をたたえていたのだ。
「あれから、ぽつぽつとつぼみが増え…20になりました。実もちょうど20あります」
誇らしげな彼の言葉に、ハレは胸を締め付けられた。
この男は。
20のつぼみに、20の実をつけたのだ。
ひとつひとつ丁寧に、受粉させていったのだろう。
そして、すべての実を、彼が来るまでもぎ取ることなく、ぎりぎりまで待っていたのだ。
どれほどの、自制心と熱意がそこに必要だったか。
これほどまでに完熟し、果物としての価値が下がる直前まで待ったのだ。
ジリアンに、彼らの到来を聞いて、慌ててもぎに行ったのだろう。
彼女には、この男のことを伝えていたから。
太陽の木の成木を、ジリアンが見たいのではないかと思ったから。
たった20。
村人は多く、その味を楽しめるのを、いまかいまかと待っている。
いや、すばらしき20だ。
ハレは。
皆と、この実をほんのわずかずつ分け合うのだ。
20年前。
父が、この男の心に植えた太陽の木の因果は、こうしてハレに巡ってきたのだった。