及第点
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エンチェルクは、前ほどヤイクが嫌いではなくなった。
少なくとも、いま彼女が学ぶことが出来る相手は、彼しかいないのだ。
テルとヤイクの話の席に、ビッテと自分も同席できるようになった。
これほどの幸運はない。
エンチェルクは、耳と思考をフルに動かし、彼らの話をすべて口に入れ、必死で咀嚼しようとした。
基金。
言葉だけ、聞き覚えがあるということは、きっとウメが語ったのだ。
その言葉の意味を、その時も聞いていたはず。
だが、理解したのはいまこの瞬間だった。
ウメは、やりくりのうまい女性だ。
できる限り、国のお金を使わずに、民間の力を伸ばすように、飛脚や寺子屋を作った。
それでは、足りない部分も出てきて。
話は、次の段階へと移ってきたのだ。
ここからは、国がお金をどうしても出さなければならない。
その額を、極力少なくするためには、どうしたらいいか。
答えのひとつが、いまヤイクが語った──基金、なのだ。
増やしながら、使う。
民間の商人は、みなそういう生活をしている。
ならば、それを国がやって何が悪いのか。
国も努力さえすれば、お金を蔵に入れているだけではなく、より効率的に回すことが出来るのだ。
下地は出来ている。
教育も、運輸も。
二十年も前に、ウメが下地を作ってくれていたのだ。
新しい段階に、自分も立ち会うことが出来る。
次の二十年の下地に、協力できるかもしれない。
「災害、医療、教育……ふむ、いずれも重要だな」
テルは、満足げに頷いた。
ヤイクは。
何も言わなかった。
何も言わなかったのだ。
おそらく。
エンチェルクの答えは──及第点だったのだろう。