末息子
∠
テルは、町の中心にある道場を訪ねた。
軍令府の府長の息子が、運営しているところだ。
テルが、剣術道場に通いたいと言い出した時、みながこちらの道場を勧めた。
だが、彼が選んだのはキクの方。
当時、相当キクは、ここに恨みを買ったという。
彼女は、まったく気にしなかったようだが。
「こ、これは殿下!」
テルの登場に、道場主がすっ飛んで来る。
道場中を、平伏させんばかりの勢いだった。
「貴殿の末の弟が、ここにいると聞いてきた」
そんな挨拶に、ちんたらと付き合う気になれず、テルはさっさと用件を述べる。
はっと、道場主は中を振り返った。
その視線の先には、焦げ茶の髪を短くしている男がいて。
ほう。
その髪型込みで、テルは値踏みした。
たとえ末っ子とは言え、貴族の子だ。
しかも、府長の。
髪を長くあしらって、貴族の子であることを主張していてもおかしくはなかった。
立ち上がる彼は、さして背が高いわけではないが、力強いしっかりした体つきをしている。
何とかなる、か?
10歳程度の身長の自分からすれば、それでも十分大きい相手だ。
だが、テルは自分の荷を解いて、木剣を取りだした。
「お手合わせ、願いたい」
相手は、困惑しているようだ。
すぐさま、兄が近付いて行って、何か耳打ちしている。
手を抜いて、怪我をさせないように、とでも言っているのだろうか。
すぅっと、道場の真ん中で、テルは木剣を構えた。
瞬間。
男の目が、変わった。
兄を脇に押しやり、彼はまっすぐに彼に構え返した。
型は違うが、厳しい構えだ。
テルは、ふっと息を吐き──構えを解いた。
それで、十分だったのだ。
ハレの見る目は、確かだった。