兄の思惑
∠
「俺は、もう少し神殿にいる……都からの連絡が来るまでな」
テルは、反逆のイデアメリトスを父に委ねるまで、残るつもりだった。
日程的余裕はある。
それに、いまの自分には──刀もあるのだ。
実質、ヤイク以外は戦えるという強みがあった。
ビッテやエンチェルクが、それをさせてはくれないだろうが。
「そう……私は明日には神殿を出ようと思っているよ。やりたいことと行くところがあるからね」
向かいに座っているのは、ハレ。
お互い、本当の年齢の姿になって向かい合っていた。
それぞれの文官も同席している、ある意味公的な会見の場。
これまでハレが、本当に何も鍛えなかったと分かる細さは、テルにしてみれば大丈夫かと思えるほど。
中性的な、やさ男になってしまった。
まあ、これはあくまでも自分の美的感覚からの評価だが。
「やりたいことに、行くところ……ね」
しかし、頭の中身までやさ男になっていないのは、テルにだって分かる。
「そう。やりたいことの方は……出来れば、テルも一緒に来てくれないか?」
ハレは、同席を求めた。
ここからそう遠くないところで、何かをするつもりらしい。
「分かった」
何をするのか、聞く気もなかった。
テルにとって不利益なことではない。
それだけは、間違いなかった。
ならば、何が起きるか楽しみにするくらいの気概は、テルにだってあるのだ。
「ところで……」
話もひと段落ついたところで、自分よりもヤイクが気にしていることを、口にすることにした。
「あの白いのと、結婚するつもりか?」
ハレもヤイクも微動だにしなかったが、向こうの文官だけは表情を険しくした。
「白いのじゃなくて、コーだよ」
最初に訂正をした後。
テルの兄は。
「彼女もそう望んでくれるなら、そうしたいと思っているよ」
いけしゃあしゃあと、そんな答えを返したのだった。
※
神殿の前に、二組の太陽の一行が集まる。
テルは、その光景を目を細めて見つめていた。
素晴らしいメンツだと思ったのだ。
自分たち太陽の兄弟を除いても、剣や刀の達人に、政治家に学者、月の魔法使いまで揃っている。
異国のちいさな国ひとつくらいならば、陥落できるかもしれない。
そんな物騒なことを考えてみたが、残念ながらこの国は現在太陽のものだった。
彼らが、どこかの国を簒奪する必要はないのである。
一緒に出かけるのは、ハレのいう『やりたいこと』とやらに付き合うため。
ヤイクに何をするのかと聞かれたが、テルは肩をそびやかす返事しか出来なかった。
何も知らないのだから。
だが、彼ら以外にも神官もついてくるところを見ると、何らかの神事に関わることをする気らしい。
そして。
一行は、庶民の建物の間を抜け──とある中庭に出たのだ。
ああ。
何故か。
テルは、その光景に懐かしさを覚えた。
自分の記憶にはない光景のはずなのに、その光を知っている気がしたのだ。
中庭の中央には、一本の木。
「朝日の木だよ」
ハレは、言った。
テルが木剣を振りに道場に行っている間、兄は本を読むか、母と一緒に植物の手入れに出かけていた。
だから、自分よりもそういう方面の知識が深い。
朝日の木。
母が、太陽の枝を接いだという、伝説の木。
ハレが、荷物から一本の枝を出す。
そうか。
兄もまた、太陽の木を見つけていたのだ。
母に続いて彼もまた、枝を継ごうというのである。
母の道を──ゆくのか?
たくさんの民と神官たちが見守る中。
ハレが、枝を自分に差し出した。
「力を分けてくれないか?」
弟を立てる気配りも、忘れないということか。