俺の想像
∠
「コーです。どうぞよろしくお願い致します」
言葉と作法が、食い違っている娘だった。
言葉だけは、流れるような美しい響きを持っているというのに、動作はぎこちない。
そんな彼女を、モモが心配そうに見ている。
これまで、礼儀作法とは無縁の世界にいたのだろう。
「トーにコーか……月の人間は、みんなそんな名前なのか?」
テルの無造作な質問は、女二人を困らせたようだ。
「トーは知らない、コーはコーだよ」
あっさり崩れた言葉に、モモが慌てだす。
「あの……出会った時は名前がなかったんです。それで私が……」
なかなか、複雑な身の上のようだ。
「桃、この人誰?」
コーの言葉が飛びだした瞬間、ヤイクが吹き出した。
テルの立場が通じない人間というのが、面白くてしょうがないようだ。
つくづく、女に甘い男である。
「ハレイルーシュリクスの……弟だ」
彼女の質問に、テルは直々に答えた。
まるで──子供ではないか。
彼より年上のような姿をしていながらも、何の邪気もない。
「弟……ハレイルーシュリクスの兄弟」
言葉を何かと照合して、噛みしめる音で繰り返す。
ハレを呼ぶ言葉にも、何の称号もない。
それを、兄が許したのだ。
そんな女の目が、ぱっと動いた。
テルよりも、もっと向こう側に。
「ハレイルーシュリクス!」
喜びの名を呼び、彼女は駆け出した。
テルから見れば、やや頼りない痩せた男が、神殿から出てくるところだった。
彼でさえ、初めて見る大人の姿のハレ。
それを、コーは一瞬で判別したのだ。
飛び付く前に一瞬戸惑った彼女に、ハレは両手を広げる。
何者もはばからず、二人はぎゅうっと抱き合った。
「モモ……俺の想像は当たっているのか?」
唖然として、まだここにとどまっているモモに、テルは問うた。
「あー……うー……そ、それは……」
言いづらい。
それは、何よりも彼の言葉を肯定していた。
やれやれ。
母上より、厄介な相手を選んだものだ。