生涯最後
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夜。
捧櫛の神殿だけでなく、この国の大きな神殿は、夜に何の祭事もなくひっそりと眠りにつく。
ハレは、翌日の自分の儀式のこと、これまでの旅路のことを思い返していた。
そんなシンとした暗闇の世界で、小さくノッカーが鳴る。
カカッ。
辺りをはばかる、ノッカーの角だけで扉を叩く音は。
ハレはすぐさま起き出し、そして何のためらいもなく鍵を外し、扉を開けた。
「よぉ」
「やぁ」
テルだ。
家族の団欒のない夜、ごくまれにテルは彼の部屋へと遊びに来た。
独特のノッカーの音が、その合図。
するりと滑り込む、大きな身体。
彼はもはや、その身の丈にはすっかり慣れたようだ。
暗闇の中。
テルが、じっと自分を見ている。
「俺は……馬鹿じゃない。そして、欲もある」
強い声音は、間近のハレを圧倒する迫力すら感じた。
テルは、兄弟の絆を深めに来たのではない。
彼らが、長い間太陽と父に任せてきたことの、決着をつけにきたのだ。
今日、ハレがヤイクに見せた心の内は、何の誤解もなくテルまで届いたのである。
「……本当に、いいんだな?」
厳しい、念を押す声。
さっき、テルはこう言った。
欲もある、と。
この旅路で、彼の中のそれが育ったのだ。
この国のまつりごとに対する、欲。
ハレは。
「私は……他にやりたいことがある。昔は、それが漠然としていたけれども……旅の間で少しずつ形になってきたよ」
厳しい声に、テルは静かに返した。
「俺に……臣下の礼を取るんだぞ?」
「そんなこと……少しも構わない」
この時、一度だけ抱き合った。
まだ小さいハレと、大きくなったテルと。
弟は、もはや何も言うこともなく、来た時のようにするりと出て行った。
これがきっと──生涯最後の兄弟の抱擁。