悪人
∠
「ハレイルーシュリクス殿下に、お会いしました」
控えの間に帰って来たテルに、ヤイクがそう告げた。
笑みは、そこにはない。
ヤイクが、笑っていなかったのだ。
「何があった?」
彼のことだ。
どうせ、ハレにも毒っぽい話を振ったに違いない。
その返答で、ヤイクは笑いを消してしまったのだ。
「ハレイルーシュリクス殿下は……太陽になる気がないようですな」
その言葉は、おそろしいほど滑稽に、テルには映った。
ああ、そうか。
そういうことだったのか、と。
最初から。
本当に最初から、ハレは自分をハメたのだ。
ヤイクを勧め、ビッテを勧めた。
その腹の内を、いまようやくテルは理解したのである。
余りのおかしさに、彼は大きくのけぞりながら笑ってしまった。
「わ、我が君?」
突然の爆笑に、ヤイクを驚かせるほど。
「いや、いい……頭がおかしくなったわけじゃない。昔の己の浅はかさがおかしかっただけだ」
子供の身なりをしていた頃の自分は、結局のところ頭の中身まで大人ではなかったのだ。
いま考えれば、こんなにしっくりくることはなかったというのに。
ハレは、最初から太陽になる気がなかった。
テルが太陽になるために彼は心を砕き。
そして、旅の中で、なりたいと思わせたのだ。
素晴らしい策士ではないか。
我が兄ながら、あきれてしまうほど。
そして、素晴らしく無欲だった。
母に。
本当に、ハレは母に似ている。
善良なのだ。
「俺は……悪人になれるか?」
悪人は、善政も出来る。
善人は──悪政は出来ない。
テルは、ヤイクに笑った。
彼の文官は、答えた。
「我が君が……そう望まれるのなら」
太陽になる気のない者に、その席を譲る馬鹿ではないのならば。
ヤイクは、そう言ったのだろう。