呼ばせた男と呼ばせなかった男
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我が君、か。
リリューは、テルの武官を見た。
テルが、ゆっくりと刀をしまう。
彼もまた、そうした。
「ビッテルアンダルーソン……ただの稽古だ」
一礼を交し合った後、テルは俗世へと帰った。
いや。
もはや、刀を打ち合っている時から、彼はしっかりと大地の上にいた。
テルも、エンチェルクと同じ意味で、刀を持つのだ。
目的のための力のひとつ。
「せめて木剣になさってください……」
安堵のため息をつくビッテは、逞しい男だった。
これまで、テルを守り抜いたつわもの。
リリューは、見てきたではないか。
日本刀以外で、ぶったぎられた身体を。
この国の剣の鈍い刃でなお、人の身体を真っ二つに出来るのだ。
それは、父を髣髴とさせた。
母と結婚してなお、父の愛剣は変わらないまま。
風を唸らせて剣を振る豪腕を、リリューも好きだった。
そんなビッテは、テルを我が君と呼んだ。
これまでの旅路が、この男にそう呼ばせたのだろう。
同時に。
ハレ一行の誰も、彼をそう呼ばなかった。
否。
ハレ自身が、呼ばせないようにしていたように思える。
後々のことを考えて。
そう。
旅が終わった後の、別れの時を考えて。
旅の従者の誰もが、深い喪失感を覚えないように。
あえて、ハレがそう制御していたのではないだろうか。
近からず、遠からず。
みな、ハレと一緒にいながらも、どこか自由だった。
自由でいてもいいのだと、彼は言っていたのだ。
本当に。
どちらも、素晴らしい太陽の息子だった。