文の二人
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「これはこれは……殿下」
神殿に入り、ハレがホックスと控えの間に案内されている時──そんな声がかけられた。
ヤイクだった。
昔の印象より、もっと髪が短めになっているが、それ以外はさして変わった様子はない。
この旅路で、一番変わらなかった者と言えば、リリューか彼かのどちらかだろう。
「神殿への到着、心よりお喜び申し上げます」
丁寧な言葉を並べながらも媚びることはなく、目はハレと彼の文官を見つめている。
見るというより、見抜こうとする目。
「ありがとう。そちらも全員無事で何よりだね」
「ひとつ……お伺いしたいことがあるのですが」
社交辞令の挨拶など、形だけで終わりだと言わんばかりに、ヤイクが話を切り出す。
ハレにしてみれば、意外な展開だった。
彼については、宮殿にいる時から善悪関わらず伝え聞いてはいたが、直接懇意に話をする間柄ではなかったのだ。
「どうして……私を選ばなかったのですか?」
ホックスの目の前でも、まったく臆する様子もない。
おそらくヤイクの目からすれば、彼の価値はさほど高値ではないのだろう。
そして。
どうして自分がテルの従者になったのか、そのきっかけを弟から聞いたのか。
「私にしてみれば、あなたの方が楽だったのですがね」
ニヤリと、笑う口元。
太陽の息子を捕まえて、『楽』なる言葉を平気で吐ける心臓。
ヤイクにとっては、テルの方が扱いにくかった、ということか。
それらを駆使して、ハレの真意を探ろうとしている。
何故、自分をテルに譲ったのか、と。
彼に真意を悟られれば──テルに伝わるだろう。
だが。
頃合いかもしれないな。
お互い、無事に神殿にたどり着いた。
大きな障害も、取り除いた。
すぅっと、ハレは息を吸う。
「卿は……賢者になるべきだと思ったからですよ」
言葉の裏側を読み取るヤイクの目に。
己の瞳の中を覗かせた。
※
「どうして……私を選んだのですか?」
控えの間で──ハレは、そう聞かれた。
ホックスに、だ。
先ほど、ヤイクに問われたことが、彼の心にも残っているのだろう。
ホックスは、自分の知的好奇心を満たすことを最優先として、ハレの旅に加わった。
だから、最初は何の疑問も抱かなかったのだろう。
人の心など、どうでもよかったのだから。
そんな彼が。
ハレに問いかける。
何故、自分を選んだのかと。
ホックスは、その疑念をこれまで一度も思い浮かべなかった事実に、ショックを受けているように思えた。
そんな過去の自分が、信じられないかのように。
ホックスは──変わったのだ。
問わずにいられないほどに。
「夜に……嫌悪を覚えていなかったからだよ」
だから。
ハレは、そんな彼に本当の言葉で答えた。
「夜や月が忌み嫌われているこの国で……君だけが、好き嫌いで夜を語らなかった」
あの時の彼にとって、それはとても重要なことだったのだ。
「それだけ……ですか?」
ホックスの言葉には、『たったそれだけですか』という、失望に似た思いが混じっていた。
自分の能力や才能で、選ばれたのではなかった事実が、つらかったようだ。
何を、失望するというのか。
実際、この旅にホックスは必要だった。
コーが加わってからは、なお一層。
「君は、いまや……月の魔法について知識のある、たった一人の人間だろう?」
他の従者では、それはなしえなかったに違いない。
コーを助けることさえ、強烈に反対されただろう。
月の魔法の第一人者。
その知識が、太陽の国にとって必ず役に立つ時が来る。
「私は、これまで一度たりとも、人選を間違えたなんて思ったことはないよ」
ハレの言葉に、しかつめらしく眉間を寄せる。
不快に思っているのではない。
多分彼は──泣きそうになったのだ。