大事な人
∞
桃は──二度、彼女を見た。
エンチェルクを、だ。
女性用の神官の宿舎に、彼女はいた。
桃とコーも、ハレの儀式の間、そこに入る予定になっていたのだ。
一度目では、彼女とは分からなかった。
それくらい、エンチェルクは凛々しかったのだ。
年の頃は、母と同じくらい。
彼女は、桃にとても優しかった。
甘かったと言っていい。
だが、その優しさや甘さは、自分自身を桃よりも下に置いてのものだった。
エンチェルクは、いままで自然と階級をつけていたように思える。
一番上に母がいて、その次に桃がいて──そして、自分なのだと。
だから、どこか卑屈だった。
卑屈であることを、普通と思っていたのか、容認していたのかは、桃には分からない。
だが、彼女がその地位に何の不満もなかったことだけは、桃にも分かっていた。
そんなエンチェルクが、こちらを見ている。
急いで駆け寄って、彼女の旅の無事を喜ぶ様子はない。
ここまで。
長いようで短い旅路だった。
桃には、上から下まで様々な出来事が起きた。
それと同じ時間。
エンチェルクにも、多くの出来事が起きたのだ。
彼女を変えてしまうほど、大きな出来事が。
その瞳には、もはや──自身を蔑む色はなかった。
「あの人、だぁれ?」
止まったままの女二人に、コーがついに首を突っ込んできた。
桃は、彼女ににこりと微笑んで見せる。
「エンチェルクイーヌルトさんと言うの」
コーのために、本当の名前を告げた。
「私の、とても大事な人よ」
心からの、敬意を込めて。