ハレの道
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思えば──平坦な道だった。
ハレは、それを強く噛みしめた。
確かに、襲われることはあった。
だが、いずれも少数相手で、
テルの通った道に比べれば、それは何と平坦だったのか。
テルは月に襲われ、太陽の反逆者を相手にし、そして月の多勢さえはねかえしたのだ。
捧櫛の神殿が近付くと、またも大勢の人の死の話を聞いた。
半数以上が刀傷、残りが焼け焦げていたという。
テルが、もう一度魔法を使ったのだろうか。
一瞬、考えたのだ。
だが、もしそうだというのならば、あのテルのことだ。
神殿に向かって進み続けることは考えにくい。
『悪いな、失敗した』
そう言って、既にハレの前に立っているだろう。
髪を短く切って。
ということは、人を焦したのはオリフレアなのかもしれない。
テルはまだ、ハレより先を歩き続けているし、既に神殿に到着しているのかもしれなかった。
強き勇ましき──そして、とても賢い弟。
本当に、テルは天に輝く太陽そのものだ。
ハレは、というと。
ゆっくりゆっくりと、たくさんのものと出会い、見る旅をしてきた。
一人、同行者が増え、危険なトラブルにも襲われたが、みなすばらしい働きをして乗り切ったのだ。
成長著しいコー。
引きずられるように、変わってゆくホックス。
安定したリリューに、気の利くモモ。
だから。
ハレは、顔を上げた。
だから、これくらいのことは、自分も跳ね返さなければならないのだ。
「また……会いましたね」
まだらの白い髪の男が、そこに立っている。
コーを狙う、そしてハレの命を狙う、月の魔法使い。
男は、今度は一人で乗り込む愚は犯さなかった。
十人ほどの男を引きつれている。
「死ね」
単刀直入だった。
もはや、前口上などはない。
音波が打ち出された。
次の瞬間。
ハレの前には。
コーがいた。
音の波は――打ち返された。
※
音は、前に飛ぶ。
ハレは、ホックスに説明されたことを反芻した。
音の範囲は、調整出来るようだが、必ず唇の向いている方にしか飛ばせないのだ。
ホックスは、本当に熱心だった。
何度もその身で、コーの音を食らいながら、学者らしい粘り強さで、彼女の力を調べていったのだ。
だから、コーはハレの前に出た。
でなければ、彼女の音は味方に当たってしまうのだから。
だからこそ、敵も先頭にあの男が立っているのだ。
初段の音の攻防が終わった瞬間。
リリューが、飛び出してゆく。
彼とモモの間で、取り交わされていた話だ。
ハレの前で、それは行われた。
リリューが出たら、モモは残る。
素晴らしい信頼関係だと思った。
飛び出す者にも、残る者にも強い勇気が必要だ。
戦う勇気ではない。
信じる勇気。
出る側は、もしもの伏兵や倒し損じた敵が後方を襲った時に、振り返っている暇はない。
残った側は、一人で出た者が、必ず生きて戻ると信じて、とどまらねばならないのだ。
リリューは、見事な刀を振るう。
ぽぉっ、ぽぉっと命の火のように、刀が光を放つ。
「撃ってよ」
そして。
コーもまた、自分と同じ血を持つ男と向き合っていた。
「もっとすごいの……撃ってよ」
男の前で、茫然とすくんでいた娘は――そこにはいない。
真っすぐに、立ち向かっているのだ。
怒りに男が、逆上したのが分かる。
声を発する間もなく、彼が違う形に口を開けた。
だが。
何も、起きなかった。
本当に、何の害もハレには届かなかった。
「何故だ……おまえにそんな歌は教えてないぞ!」
何も起きなかったことが、男には信じられなかったらしい。
ひどく、狼狽していた。
ハレには、彼女の後ろ姿しか見えない。
だが。
いまの彼女の背に、おそれは何一つ見えなかった。
その頭が、微かに動く。
「『いま』教えてくれたよ?」
音が届く前に──相手の歌を盗んでいたのだった。