サルカニ合戦
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「やあ、エンチェルク」
ヤイクが、やってきた。
普段、決して彼が近づかない道場──ウメの家へと。
何か、急ぎの用事だろうか。
エンチェルクは、ウメを呼ぼうと家の方を振り返りかけた時。
「いや、今日はお前に用があって来たんだ」
その、意外に満ち溢れた言葉に、彼女は表情を曇らせた。
ヤイクは、昔からクセの強い男だった。
ウメは、そんな彼を上手に使ったし、ヤイクも大人になるにつれ、上手に彼女の能力を使った。
宮殿では、ウメの発案を次々と形にして行く、政治手腕も持っている。
しかし、その手柄は全てこの男のものだ。
ウメが欲しがらないのをいいことに、彼は手柄を自分のものにしている。
そういうところを、エンチェルクは信用しきれていなかった。
「……何でしょう」
慎重に、唇を開く。
元々、身分に格差がある。
その差を、ヤイクは大事にしたし、エンチェルクも埋める気にはなれなかった。
「お前、テルタリウスミシータ殿下の、旅の従者になれ」
だから、彼は見事に上からエンチェルクに言葉を投げつけるのだ。
『サル』が、青い果物を、『カニ』にぶつけたように。
モモのおとぎ話だ。
ウメは、よく自分の国のおとぎ話を、モモにしてやっていて。
一緒に暮らすエンチェルクにも、自然と耳に入っていたのである。
カニの子の愉快な復讐の話を、実は彼女は好きだった。
ヤイクにも、焼けた木の実が当たればいいのに──それくらいの想像は、下々の人間にも許されている。
お断りします。
心の中で、木の実を構えながら、エンチェルクは即答しようとした。
話にもならない。
自分は、ウメの側仕えだ。
何故、その仕事を捨てて、殿下の従者にならねばならないのか。
「面白そうな話じゃないの」
なのに。
ウメに、聞かれてしまった。