文官候補
∠
「モモは、快く承知してくれたよ」
今度は、ハレが部屋へやってきた。
そうだろうなと、テルは頷いた。
彼女は、旅立ちたがっていたのだ。
わざわざ、自分に頼むほど。
断るはずがない。
「それで、今度は私がテルの同行者を推薦したいんだが」
報告だけかと思いきや、ハレは奇妙な方向に話を持って行った。
その流れが引っかかって、テルはわずかに瞳を細める。
腹の中で一緒だった兄弟とは言え、彼の考えていることは、往々にして読めないのだ。
「ヤイクルーリルヒという貴族を連れて行かないか? 彼は、きっとテルの力になる」
同行者は、基本的に文官役1名・武官役1名。
その文官を、推挙してきたのだ。
ヤイクの名を、テルは知っていた。
賢者の甥だ。
年は、彼らより10歳ほど上。
だが、賢者の甥という肩書よりも、ヤイクという男には別の二つ名があった。
『花食い』
彼が、ウメやエンチェルクという女を、ブレーンにしているからだ。
女の知恵を吸っている。
それを、他の貴族たちに皮肉られているのだ。
だが、妬まれるほどに、イデアメリトスの覚えめでたいことは確か。
そんな男を、一緒に連れていけと言う。
面白い人選だ。
「あの男は、どちらかというとお前の好みだろう? 何故、自分で連れて行かない」
面白すぎて、テルは疑いの目を隠さなかった。
「私はね……彼を買っているんだよ。だから、彼には賢者になって欲しいと思っている」
そんな疑いの目を、軽くハレは受け流した。
その言葉だけで、十分納得させられた、というか。
要するに。
どっちが太陽になっても、ヤイクという男が賢者になれるよう、布石をしに来たというのだ。
ハレが太陽になる時は、彼自身が指名する。
テルが太陽になる時は、テルの同行者として賢者になる。
会って、みるか。
ハレが、ここまで推薦する男に。
興味がわいてきた。
※
「これは、テルタリウスミシータ殿下」
ヤイクは、馬鹿丁寧にテルに臣下の礼を取った。
会う機会を見つけるのが難しいため、部屋に彼を呼んだのだ。
なるほど。
花食いと、揶揄られるわけだ。
整った顔立ちに、高慢そうな鼻、自信に満ちた目。
女が好きそうな、少々悪い男がそこにいた。
だが、テルの知るウメやエンチェルクが、そんな男に食われるままだとは思わないが。
「面白い提案をしてくる男だと聞いて、な」
探る視線を向けると、ヤイクはやや心外だという表情をして見せた。
「実利にかなった政治手法だと思いますよ」
だが、その後は続けない。
少々、意外だった。
見た目からすれば、もう少し口も軽く、ぺらぺらとこれまでの功績を語り出すかと思ったのだが。
「しかし、私ではトウが立っていると思うのですが」
代わりに。
逆に、ヤイクは探る目をテルに向けてきた。
トウ?
まだ二十代の男が、自分を指してトウが立っているとはどういうことなのか。
「私を、同行の従者にと考えてらっしゃるんでしょう? 周囲のお若いお付きから選ばれるのが都合もよろしいでしょうに」
なるほど。
情報を手に入れたのか、彼なりの分析か。
いずれにせよ、鋭い判断だ。
それに──面白い。
話をしていて、退屈をさせない男だし、もっと話したい気分にさせられる。
絶妙な、毒の混じり加減だ。
ハレが、推したがる理由が分かった。
「旅に誘ったら、卿は断るか?」
笑いながら、テルは単刀直入に斬り込んでみる。
「そう正面から口説かれますと、私も迷いますな……ところで、殿下は女の従者は考えておいでですか?」
花食いは──花の話題を振って来た。