夫人の思惑、桃の事情
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ハレが一人で応接室に入ると、夫人がおかしそうに口元を押さえていた。
「何かありましたか?」
ウメの肖像画に軽い驚きは覚えたものの、いまは夫人の方が気になった。
「いえ……お恥ずかしい話、息子には手を焼いていたのですよ。なさぬ仲ということもあって、どう扱ったらよいのか分からないところも多くて……」
彼女の話は、こうだった。
こんな息子には、ウメのようなしっかりした妻が必要だろうと。
そんな時に、ウメの娘がここに来ることが分かった。
彼女の娘であれば、きっとしっかりしているだろう。
息子がモモを気に入って結婚してくれれば、自分も安心してこの領地を譲れる、と。
「でも、浅はかでしたわ」
ふふ、と夫人は笑う。
「モモがウメに似ていれば似ているほど……あの子を選ぶはずなどないのですから」
モモは、面と向かってクージェに断ったという。
「その時の、息子の顔と言ったら……」
よほど、衝撃的に焼きついたのだろう。
夫人は、しばらく笑いを止められないようだった。
「よい薬になったことでしょう……ああでも……本当によくウメに似ていること」
ハレは、その笑みの向こうに、微かな淋しさを汲みとった。
きっと、モモに残って欲しいと願っているのだ。
だが、それは叶わないと知っている。
「モモは素晴らしい娘ですよ。強さも優しさも礼儀も……本当に申し分ない」
ハレは、自分の知っている彼女を言葉にした。
一緒に旅をしてきたのだから、それは彼もちゃんと分かっている。
彼女がいたからこそ、コーはあれほど元気になったのだ。
魔法など、最初のほんのきっかけに過ぎない。
ただ、彼女の母、伯父、伯母、従兄と、素晴らしい人間が揃い踏みのおかげで、彼女はずっと自分を未熟だと思っているようだが。
「ええ……強い娘で、私もとても嬉しいのです。あれならきっと……エインライトーリシュトと会っても大丈夫でしょう」
聞いたことのない人間の名を出された。
モモにゆかりのある人間だろうか。
誰であるかは──晩餐まで待つこととなった。
※
晩餐の席。
ハレは、ホックスを伴って席についた。
ホックスは、貴族的仕事が好きではないようで、とても窮屈そうだったが。
夫人側の席に、若い男が二人いる。
一人は、モモに手痛く断られたというクージェ。
もう一人は。
夫人との話の中で出てきた、エインという男。
この北の領主の息子だった。
何故、モモとの関係を示唆したのか、その光でうっすらと分かった。
彼女の持つ光と、似た色をしているのだ。
近すぎず、しかし遠すぎず。
モモの父親は、明らかにされてはいない。
なるほど。
領主の娘だったのか。
それで、夫人が自分の息子と添わせようと考えたことも、きっちり納得がいった。
いくら夫人がウメを愛していたとしても、貴族ではない娘を妻に、ということは難しい。
しかし、領主の娘であれば──それがたとえ婚外子であったとしても、周囲への言い訳は出来ると考えたのだろう。
ふと。
ハレの中に、微妙な違和感が浮かんだ。
それが何であるかを考えるより前に、新たなる客人が通された。
刹那。
その空間にいる人間たちすべてが、目を奪われた。
美しく飾った、女性が二人入ってきたからだ。
「本日は、晩餐にお招き下さいまして、本当にありがとうございます」
モモだった。
優雅な礼の彼女を見て、隣の白い髪の娘が慌てて真似る。
普段、あどけない子供のようなコーも、こうして見ると本当にモモと余り年が変わらないのだと分かる。
珍しいものに目を輝かせる、その色は決して隠すことは出来ないようだが。
普段の二人を知っているホックスが、目をそらしてはもう一度見たりと、不思議な挙動を繰り返している。
クージェとエインの二人は──目もそらせないまま、ただただ女性たちを見ているのだった。