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短編小説

抽象画 2

作者: うわの空

以前投稿した、「抽象画」の続きです。

「ねえ、指輪がほしい」

 何度目かは分からないセリフを、私は彼に向って投げた。彼は真剣な顔でこちらを見てから、口を開く。返ってくる言葉は、いつも一緒だ。

「左手の薬指は取っておきなよ。もったいないから」

「ううう。別にさー。結婚とか婚約とかしてなくても、左手薬指に指輪したっていいんだよ?捕まったりしないよ?」

「それは知ってる。でもね、」

 ここからまたもや私には分からない呪文で、左手薬指の神秘を1時間ほど語られた。


 左手薬指じゃなくて他の指にはめる指輪なら、彼は買ってくれるんだろうか。だけど私も、そこだけは引きたくない。彼には何度も説明したけれど、別に婚約してほしいとか結婚してほしいとか、そういう意味で指輪がほしいと言ってるんじゃないんだ。

 左手薬指に、彼からもらった指輪を、はめたい。それだけ。


「なんで分かんないかなー」

「え、なに?」

「…なんでもない」

「そういえば、最近青色の絵の具にこだわってるんだけどね、それって」


 スピリチュアルがどうこう。ヒーリング云々うんぬん。そしてその青色をパラドックスと組み合わせるとどうのこうの。

 私はいつものように、その話に笑顔で相槌を打ち続ける。もちろん、彼の呪文の意味は8割くらい理解できていない。


 彼が私の指輪の話を理解できないのと、一緒なのかもしれない。

 彼にとって私の指輪の話は、難解な呪文みたいなものなのかもしれない。



「だけど欲しいんだよ、小さい輪っかがさあああ」

 帰宅してから友人にメールした。同性の彼女なら、私の気持ちも分かってくれるだろう。そして、このもどかしさも。

 割とすぐに、彼女から返信がきた。

『指輪みたいな形のスナック菓子があるよね。それを指にはめてみたらどう?』

 こんな答えを真剣に返してくる私の友人って一体。



 彼のアトリエに呼ばれたのは、それから1週間後のことだった。


 壁に掛けられている彼の新作に、一通り目を通していく。相変わらず描いているのは抽象画ばかりのようで、それもやたらと三角形が多い。この前私のことを描いてくれたのは、奇跡だったのかもしれない。私は自分が座っていたソファを見て、少しだけにやけた。

 彼がコーヒーを淹れてくれている間に、アトリエの中をブラブラする。イーゼルに立てられている絵は、彼の最新作なんだろう。中途半端に描きかけだということが、私にもよく分かった。

 最新作もやはり、三角形が並んでいる。私は半ば呆れながらそれを見て、それから目を丸くした。


 三角形以外のものが、描かれている。


 ぱっと見、三角形が横に五つ並んでいるだけのように見えるその絵は、左から二つ目の図形だけ、三角形ではなかった。

 ドーナッツのようなものが、澄んだ青空みたいな綺麗な青色で描かれていた。

 …ドーナッツといっても、かなり歪んだ楕円になっているのだけれど。


「おまたせ」

 マグカップを二つ持ってきた彼に向かって、内心ドキドキしながら尋ねる。

「…この絵、なに?」

「新作」

「…タイトルは?」

「『君の左手』だけど」

 なんで彼は、恥ずかしげもなくこんな事をしてしまうのだろうか。いつも変化球のくせに、いきなり直球を投げられるとうまくキャッチできない。

 横並びの三角形が、私の左手の指を表しているとして。左から2番目のそれだけ、ドーナッツ型なのは。

「それ、描けたら君に渡すよ」

 彼がマグカップをテーブルの上に置きながら、ほほ笑んだ。

「…。」

 正直、悔しい。

「あのさ。この絵を描くよりも指輪を買う方が、よっぽど簡単で分かりやすいことだと思わない?」

 そう言いつつも、嬉しいと思ってしまっている自分が悔しい。

「だけどそっちの方が、僕らしいかなって」

 彼はゆっくりとこちらに近づくと、私の左手に自分の指をからませた。それから、耳元で囁くように言う。

「本物は、また今度」

 自分の心臓の音が、はっきりと聞こえる。顔が赤くなっているのを自覚して、思わず俯いた。

 

 だからそんなに直球ばっかり投げられると、うまく拾えないんだってば。



「…ね。なんでこれ、楕円形なの?」

「ああ、それはね」


 彼がキラキラした顔で語る呪文を、私は笑顔で聞き続けた。


 本物の指輪は、また今度。


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