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脅迫

 課長の乾杯の声と共に始まった新人歓迎会は盛り上がりを見せていた。まぁ、新人歓迎会という名の合コンの様相を呈するのは毎度の事だが、今年は気合いの入れ方が違う。何しろ、国宝級イケメンと名高い新人『橘真紘』が参加する飲み会だからだ。

 小洒落たレストランを丸々一軒貸し切って行われる異例の新人歓迎会には、他部署合わせても相当数の参加者が集まっていた。

 はっきり言って本日の主役は間違いなく『橘真紘』だろう。

 国宝級イケメンを狙って集まった多種多様な美女と、おこぼれをもらうため集まったハイエナの如き男達の熱い戦いを横目に鈴香は、腐れ縁の同期である明日香と二人、壁の花となりお酒を楽しんでいた。


「今年の新人歓迎会は異例尽くめよね。レストラン貸し切ってもお釣りが出ちゃうくらい人が集まるなんてね。おかげで、チンケな大衆居酒屋じゃなく、小洒落たレストランで美味しいお酒とつまみにありつけた。神様、仏様、橘様。美味しいお酒と料理をありがとうって感じよね」

「はぁぁ、明日香は気楽で良いわね。何が橘に感謝をよ! 奴の教育係に任命されてからの嫉妬に狂った女達の嫌がらせの数々。撃退にどれだけ苦労したか。それも今日で終わる。じゃなきゃ、今すぐ奴を絞め殺して逃げてやりたいわ」

「あぁぁ、失言でした。まぁ、あれくらいの嫌がらせ簡単に対処出来ると思ったから課長も橘君の教育係を鈴香にしたんだろうけど」


 奴の教育係となり一ヶ月。数々の嫌がらせを受けたのは言うまでもない。

 すれ違いざまに言われる悪口は日常茶飯事、物を隠されたり捨てられるのは数え切れない程。流石に、緊急案件資料を隠された時は、ブチ切れて犯人を突き止め、徹底的に追い詰めてやったわけだが。あまりに苛烈な追い詰め方に、その後嫌がらせが減ったあの事件は、もはや武勇伝に名を連ねる黒歴史だ。


「あの事件があってから誰も鈴香に嫌がらせしなくなったよね。あの追い詰め方はエグかった。最後、大勢の前で犯人の女に土下座させてたもんね。あれは私でもちょっと引いたもの」

「超えちゃいけない一線を越えたのはあちら様よ。別に嫌がらせをしたって構わない。ただ、あれは会社に大きな損害を与える可能性があった。そんな事もわからない奴は、会社にとっても害になるだけよ。早々に排除した方が健全でしょ。ほらっ! 円満退社したらしいし」

「昔から仕事に対しては容赦なかったけど、最近特に加速している気がする。前はもう少し柔らかかったと思ったのに。このままじゃ、いつまで経っても彼氏出来ないわよ」

「明日香に言われたくないわよ! 私は仕事に生きるからいいの」

「左様ですか……。まぁ、あの事件以降コアなファンがいるのも事実だけどねぇ。知ってる? 一部の男共から何て言われているか。『鉄壁の女王様』あのお身脚で踏まれてみたいんですって」

「――はぁ!? 何それ?? 一部の女から『女を捨てた仕事人間』って言われているのは知っているけど、女王様って何よ!」

「あぁ、そんなあだ名もあったわね。何の魅力もない仕事人間に橘君が興味を持つはずないから、放置していても大丈夫ってやつでしょ。負け犬の遠吠えにしか聞こえないけどねぇ。私的には女王様の方がしっくり来るなぁ。あの時の鈴香、引くほどカッコ良かったもん。二次元にしか興味がない私が惚れそうになったくらいよ。下僕になりたい奴らがわんさか出て来てもおかしくない。男女問わずね」

「マジですか……」


 明日香の話に鳥肌が立つ。流石に下僕を飼う趣味はない。


「ごめん。ちょっと外の空気吸ってくる」


 明日香の話に周りの視線が気になり出した私は席を立つ。エレベーターに乗り一階に降りると、路地裏の自販機へと向かった。


「冬野先輩。こんな所に一人は危ないですよ」


 背後から突然かけられた声にビクッと肩が震えた。


 ゆっくりと振り返るとビルの壁に背を預け、こちらを見据える『橘真紘』と目が合った。

 時折り見せる獲物を狩る時のような強い視線が私を落ち着かなくさせる。


「橘君こそ、此処にいたら会場が大騒ぎになっているんじゃない? 貴方目当ての女の子が、きっと大騒ぎよ。早く行ってあげたら」

「大丈夫ですよ。彼女達も馬鹿じゃ有りませんから。見込みのない賭けには乗らない。今頃、別の男と楽しく話していると思いますよ」


 そうですか。モテる男は言う事もひと味違うわね。

 そんなやさぐれた気持ちになるくらいには、目の前の男に散々苦労させられた。間接的にだが。


「そんな事より、俺は冬野先輩と話したかったんです。今日で俺の教育係も終わる。そしたら、貴方は俺に近づいてもくれなくなりそうなんでね。俺の事、本当は嫌いでしょ?」

「そりゃぁ、数々の嫌がらせを受けていれば誰だって嫌になるでしょ。橘君が悪い訳じゃないけど……」


 そう、私は彼が苦手だった。

 誰に対しても人当たりが良く、話し上手。あれだけのイケメンなら男からのやっかみを受けそうなモノなのに、いつの間にか同性の先輩からも可愛がられている。相手の懐に入るのが実に上手い。天性の才能と言っても良い。

 その才能を遺憾なく発揮し、営業部に配属され、一ヶ月足らずで大口の取引先との契約を勝ち取って来た。有り得ない成果だ。

 期待の新人として営業部でも一目置かれる存在へとあっという間に変貌した彼のたまに見せるわずかな違和感が、私を落ち着かなくさせる。

 きっと気づいているのは私だけ。

 笑顔の下に隠した残忍な本性を垣間見せる一瞬が不安でたまらない。あの強い瞳が私を不安にさせるのだ。


「確かに先輩には申し訳ないことをしました。嫌がらせが、あんなにエスカレートするとは思っていなくて。それもあって謝りたかった。すみませんでした。辛い思いをさせて」

「別にあれくらいどうって事ないわよ。まぁ流石に、仕事に直結する嫌がらせは勘弁だったけどね。貴方も独り立ちね。明日からは、新しい子がサポートに就くと思うから、その子への嫌がらせは自分で何とかしなさいよ。私みたいな女の方が珍しいから」

「ご忠告ありがとうございます。最後に握手しませんか? 仲直りのしるしに」


 別に喧嘩をしていたつもりもないけど……

 差し出された手を見つめ、そんな可愛げのないことを思いつつ手を重ねた瞬間、引き寄せられた。


「――っ!? ちょっ……」

「騒がない方が良いですよ。こんなところ同僚に見られたくないでしょ、経験豊富なお姉さん。クリスマスイブ……」


 彼の言葉に衝撃を受け、思わず見上げると、笑みを浮かべた瞳に囚われ、息をのむ。


「貴方の誕生日でしたっけ? それも三十歳の節目の誕生日だった。プロポーズしてくれると信じていた彼氏に振られ、小洒落たBARでヤケ酒して、哀れな失恋男を襲った記念すべき誕生日だった」


 頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く。


「な、なんで知って……」


 見上げた先の奴の唇が弧を描き、鋭い視線に貫かれ身動きが取れない。

 あの日の事をなんで知っているの?

 初めて『橘真紘』に会った時の既視感を思い出す。

 目の前の男とクリスマスイブに一夜を共にした名前も知らない男は同一人物。 

 そんな偶然って……

 彼は私を恨んでいる。だますように彼を襲ったのだから当然だ。


「冬野先輩……そんな怯えた目で見ないでください。別に取って喰おうってわけじゃない。今はね。せっかく再会出来たことですし、一緒に昔話に花を咲かせるのも良いかなってね。付き合ってくれますよね?」


 あまりの恐怖に首を横に振ることしか出来ない私に残酷なひと言が告げられる。


「貴方に拒否権がないのは分かりますよね?」


 彼はいったい私に何を要求するつもりなのか?

 暗澹あんたんたる気持ちのまま、彼の言葉にただ頷くことしか出来なかった。

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