悪戯心
「お姉さん! 飲み過ぎですよ」
背中に感じるフワフワの感触と見上げた先の天井が右に左にユラユラと揺れる様は、まるで雲の上をたゆたっているような気分にさせる。
気持ち良いなぁ……
「お姉さん! 分かってますか? 貴方、今日会ったばかりの男の部屋に転がり込んでいるんですよ。意味理解してますか?」
酔いが回り酩酊した脳は、此処がどこかも分からず、しかも名前も知らない男と一緒にいるという危機的状況でさえ、些末な事だと判断した。
「気にしない。気にしない。身の上話を話し合った仲じゃない。堅いこと言わないのぉ」
あぁぁ、気持ちいい。
このままフカフカのベッドで寝られたら幸せなんだろうなぁ。
名も知らぬ彼との会話はすごく楽しくて、荒んだ心を癒してくれた。大学生だと言った彼は、スレた所がなく誠実だった。
元彼女さんと泊まるはずだったホテルに一人で泊まり、部屋でヤケ酒を始めたけど寂しくなり街へ飛び出した。そして、右を見ても左を見ても、恋人だらけの街中に嫌気がさしてバイト先のBARで飲み明かすつもりだったらしい。それが、私とぶつかったせいで、とんだ荷物をお持ち帰りする羽目になった。
あまりに境遇が似過ぎていて、こんなに意気投合するとは思わなかった。
元彼女さんは、初めてお付き合いした人だったらしく、思い入れが強いとボヤいていた。
きっととても真面目な青年なんだ。元彼とは違って……
彼のような人とお付き合いしたら幸せになれるのかな? まぁ、こんなおばさんじゃ、そもそも恋愛対象にもならないか。
「この酔っ払いがぁ。あぁぁ、今さら放っぽり出したりしませんよ。そのベッドはお譲りします。俺は、カプセルホテルにでも泊りますから!」
「えぇぇ、それはダメでしょ! 私が出て行くからぁ」
部屋を出て行こうとする彼を引き留めようとベッドから立ち上がった途端、力が抜けた。ペタンと座り込んでしまった私を見て、彼が戻って来る。
「ほらっ、立てないじゃん。無理すんなよ」
呆れたような目をして視線を合わせてくる彼の大きな手が頭に置かれ、髪を撫でられると子供扱いされているみたいで釈然としない。
「ちゃんと立てるわよ。ただちょっとフラフラするだけだってば」
床に手をつけ力を入れようとするが、力が入らずバランスを崩し倒れそうになる。
「ほらっ! 言わんこっちゃない。大人しくベッドで寝なさいって」
物分かりの悪い小さな子供に言い聞かせるように諭され、更に胸のモヤモヤが増していく。
年下のしかも大学生に子供扱いされるって……、きっと馬鹿にされているに違いない。お酒にダラシない女だって思われている。モクモクと立ち昇る反発精神が、どうにかして彼を屈服させてやりたいと訴える。
見てなさい!! ギャフンと言わせてやるんだから!
ふと、彼が言っていたある言葉が頭に浮かぶ。
『童貞だからって振られたんだ。年上の経験豊富な男が良いんだってさ』
彼女に振られた理由をボソッと呟いていたじゃないか。手も出してくれない男なんて嫌だと。
彼女は分かっていたのだろうか?
経験豊富な男なんて、遊んでいるのと同じだということを。
女の扱いが上手く、話上手。確かにそんな男と付き合った方が楽しいに決まっている。お姫様のようにエスコートされ、良い気分にさせるのもお手のモノ。しかし本気になったが最後、ズタズタに傷つけられて捨てられるのは本気になった女の方だ。
気まぐれに囁かれる『愛している』の言葉にすがり、嘘に塗り固められた彼を盲目的に信じてしまう。結果、惨めに捨てられる。
――、私のように。
目の前の彼は、元彼とは違うのだろう。酔っ払いの女に自分の部屋を与え、自らは出て行こうとしている。優しくて誠実な人。極度のお人好しかもしれない。
元彼がそんな人だったらどんなに良かったか。
彼は童貞だと言うことを恥ているのだろうか?
それが理由で彼女に振られたと言うなら、きっとさっさと捨ててしまいたいに決まっている。世の中には、童貞を捨てるためにプロの店に行く男もいるらしいし。
一夜のアバンチュール……
チンケな小説の一節が脳裏に浮かぶ。
優しい彼のことだ。私が誘えば断りはしない。
きっと、しない……
後で恨まれたとしても、一人残されるのは嫌だ。
もう一人でいたくない。
有りっ丈の力を込めて目の前の彼を押し倒し馬乗りになり笑う。
「――っちょっと!! 待って」
「ふふふ、あまり大人を揶揄うものじゃないわよ。坊や」
目を見開きこちらを見つめる彼の目を見て言ってやる。
「貴方の初めて私にちょうだい」




