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真紘side

「よし、終わった」


 目の前のパソコンを操作し、課長のメールアドレス宛てにデータを添付して送信する。さらに、USBにデータを保存し、鈴香がいつも使っている伝達用の封筒に入れ、課長のデスクへと置いた。

 凝り固まった肩を解すように腕を回し、扉に向かう。ワイシャツのポケットに入っていたタバコの箱を取り出すと、喫煙所へと向かった。

 誰もいない喫煙所の窓に背を預け、一本タバコを取り出すと口に咥え火をつける。深く煙を吸い込めば、キツめのメントールの香りが広がり、霞がかった脳を覚醒させた。

 陽射しが差し込む窓から外を眺め、ため息が溢れる。

 鈴香は目を覚ました頃だろうか?

 気絶するように眠った鈴香を抱き上げ、家へ連れ帰った。規則正しい寝息を確認すると、ベッドに彼女を寝かせ、その足で会社へと戻った。発熱していた鈴香を一人残したくはなかったが、あのまま仕事を放置すれば、彼女の経歴に傷を残す事になっただろう。それだけは避けたかった。あと数時間で、残された仕事が終わるか賭けだったが何とか間に合った。

 あそこまで追いつめるつもりはなかった。

 鈴香に告げた言葉は全て本心だ。確かに、始めは傷つけられた自尊心を満たすためだけに彼女の弱みにつけ込んで脅した。俺の存在を認めさせるためだけに、鈴香を思い通りに扱って、自尊心が満たされれば手を引くつもりだった。


「周りにいる都合の良い女達と一緒か……」


 鈴香が周りの女達と違うのは、初めてsexした時から分かっていた。慣れた振りをしていてもつたない手技や反応を見れば行為自体に慣れていないのはすぐ分かる。遊びで付き合っていい女ではない。深入りするつもりもなかった。あの時までは。

 クラブで飲み仲間に肩を抱かれ座り込む鈴香を見て、怒りが爆発した。仲間うちでは、暗黙の了解というモノがある。あの時、他の女を連れて部屋を出た時点で、誰が鈴香を口説こうが問題ない。たとえ、俺が連れて来た相手であってもだ。

 VIPルームに戻り、鈴香が居ないのを確認し愕然とした。見張らせていた男と消えた事実が、俺を焦らせる。トイレ前で二人を見つけた時に感じた感情は、激しい嫉妬とは相反する喜びだった。

 床にへたり込んだ彼女と目が合った瞬間、鈴香は俺を見つめ泣き崩れた。怒りと喜びが入り交じった安堵の表情を浮かべて。

 人に弱みを見せる事をよしとしない彼女が、俺の助けを待っていた。その事実が心を震わせる。

 鈴香は俺のモノだ!!

 内からあふれ出した怒りをコントロールすることも出来ず、相手の男を脅していた。

 あの日からだ。彼女に対する想いが変わっていったのは……

 何をしていても、ふとした瞬間に考えてしまうのは鈴香のことだった。フロアで見かければ目で追ってしまうのは日常と化し、誰と時間を共有していても彼女と比べてしまう。

 食事をしていても、お酒を飲んでいても、デートをしていても、鈴香ならどんな反応をするのだろうと、無意識に考えるようになっていた。

 飲み仲間と遊んでいても、女とデートをしていても楽しくない。必然的に鈴香を呼び出す回数が増えていき、結果彼女を追いつめることになった。

『私を解放して……』

 気を失う直前までうわ言のようにつぶやかれた言葉が、彼女の本心なのだろう。

 自分の欲を優先し、追いつめてしまった。彼女の立場や都合も考えず呼び出し、無理矢理付き合わせた。彼女と一緒にいたいと思う欲求のままに。

 特別な存在。だからこそ不安で仕方がない。

 苦い想い出が甦る。

『私、結婚するの』

 愛した人に裏切られ捨てられた過去が、鈴香を手放すことを拒否する。

 脅迫という鎖で彼女を繋いでおけば、あの時のような絶望を味わうこともない。


「もう人を愛することなんてないと思っていた……」


 一人呟いた言葉が、タバコの煙とともに消え去る。おもむろにポケットから取り出したスマホの画面を開き、メールを打つ。

『仕事は完了した。課長へデータも送り済みだ。念のため添付ファイルを送るので中身を確認し、手直しが必要であれば連絡をくれ。

p.s.課長には、鈴香が休む旨は伝えておく。定時で帰るから逃げるなよ』


「このままって訳にはいかないな」


 スマホの画面を閉じ、シワの寄ったスーツを着替えるため更衣室へと向かった。

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