甘い毒 ※
「ここって、何? 劇場?」
路地裏にひっそりと置かれた看板と地下へと続く階段。看板をよく見ると、ポスターのような紙が貼られている。
「ミニシアターだよ。あんまり外を出歩くのも嫌がりそうだし、映画だったら周りの目も気にならないだろ」
確かに、映画なら観ている間は証明も落とされるだろうし、誰も周りを気にしない。コイツがいかにイケメンだろうと注目を浴びる事もないだろう。ただ、映画の内容が気になる。
水彩画のタッチで描かれたポスターは、男女が抱き合いキスをしている。タイトルは外国語で書かれているため、よく分からないが、あの絵のタッチからラブロマンスだと思う。恋愛映画を奴と観ることにわずかな抵抗がある。
わざわざ、この映画を観るために此処に来た訳じゃないわよね。きっと、時間を潰せる場所に行きたかっただけで映画の内容など何でも良かったのだ。
警戒し過ぎね。
奴との今までのやり取りが、余りにも淫靡過ぎて、暗がりに行く事に躊躇いが生まれる。
まぁ、映画館だし人は沢山いるでしょ。
そんな私の予想は見事に裏切られる事となる。
階段を降り、チケットを買い、館内へと入ると既に映画は始まっていた。真っ暗なシアター内は足元を照らす誘導灯すらなく覚束ない。奴に手を引かれていなければ、席に着くことすら出来なかっただろう。
暗闇に慣れれば少しずつ周りの状況が見え始め、一番後ろの座席に座っている私達からは、前方の様子が丸見えだった。映画そっちのけでイチャついているカップルもいれば、周りも気にせずキスを交わしている者達までいる。暗闇の中、空席が目立つシアター内で真面目に映画を観ている者はいない。
連れて来られたミニシアターが、映画ではなく違う目的で使われているのは明白だった。
なんで大人しくついて来てしまったのよぉぉ……
今さら後悔しても遅い。
繋がれている手が緊張からか、ジッとりと汗ばむ。もはや映画の内容など頭に入ってこない。
「ねぇ、手離してくれない? 映画に集中出来ないから」
「映画に集中? まさかぁ。周りの状況見れば、ここがどんな目的で使われているかなんて分かるだろう? あっちでも、こっちでもさ」
「貴方、分かってて連れて来たの!?」
「あんまり大きな声出すな。周りに人がいないからって気づく奴は気づく。鈴香だって注目されたくないだろう? 覗き目的の奴もいるからな」
「えっ!? 覗き?」
「あぁ、ちらほら一人で来ている奴がいるだろう。アイツらは覗き目的だ」
奴の言葉に急に周りが気になり出す。後方の席に座る数名の男達。彼らが覗き目的の奴等なのだろうか。下手に騒いで注目されるのだけは避けたい。
「と、とにかく手離して」
「手を離したらそのまま、ここから逃げそうだしダメだよ」
そりゃ、逃げるでしょ。手を離した瞬間脱兎の如く逃げる準備は出来ている。若干腰も浮いている。
「ほら、腰ひけてるしねぇ。あぁ、逃げられないようにすれば良いのか」
奴が発した不穏な言葉と共に、強い力で手を引かれ、反動で膝の上へ倒れ込む。慌てて体勢を整えるが、起こした身体を抱き締められていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと本当に離して」
「騒がない。ほら俺の膝、跨いで乗って」
「はっ!? 膝に乗る?」
「そう対面座位……」
「なっ、何言ってんのよ! とにかく離しなさい!」
「離すわけないじゃん。別に今の体勢でも俺はいいけど、アンタが辛くなるだけだよ。時間が経てば経つほど背中とか腰とか痛くなるよ。どうする?」
腰を捻った状態で抱き締められているため、既に変な方向に伸ばされた筋に痛みが走っている。このままの体勢を続ければ、筋を傷める可能性すらある。しかし、奴の指示に従うのも抵抗がある。膝に乗ったが最後何をされるか分からない。
「本当、強情なんだから」
膝の上へ乗るのを逡巡している私に焦れたのか、腰を抱く力が増し無理矢理引き上げられてしまった。跨ぐように奴の膝に乗っけられ、恥ずかしさで顔を上げることも出来ず、ぎゅっと目を瞑る。
色々な意味で奴の顔を見るのが怖い。きっと、私の反応を見てニヤニヤしているに決まっている。
「ねぇ、大変なことになってるけど大丈夫?」
耳元で突然響いた悪魔の声に、思わず顔を上げた瞬間、唇が塞がれる。下から掬い上げられるように唇を塞がれ、固く閉ざした歯列を舌先でノックされた。
いやいや、このまま口を開けるわけにはいかない。開けたが最後、奴の口淫に翻弄され今以上に危機的状況に追い込まれるに決まっている。
「あぁ、この状況でも抵抗するんだ。本当、強情……」
唇をわずかに離し、ささやかれる身勝手な言葉に反論する余裕などない。
腰をがっちりと抱かれ、膝の上を跨ぐように座らされていれば、自然とワンピースの裾はずり上がってしまう。真っ暗なシアター内で薄っすら浮かびあがる脚の白さが艶かしく目に映っていた。
「本当、お願いだから離して!」
「やめて欲しい? じゃあ、鈴香からキスして」
振り子人形のようにコクコクと頷く事しか出来ない私は、奴の言葉に従うしかなかった。
潤んでボヤけた視界の先の奴の頬を両手で掴み、唇に噛みつく。
最後の抵抗だった。
口内に広がった血生臭い苦味が、私の崩れそうな心を奮い立たせる。
「本当、いい度胸してんな……」
舌と舌が絡み合い、赤く染まった甘露が顎を伝い落ちていく。ポタポタと落ちては広がる染みは、まるで、私の心を蝕む毒そのものだった。




