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陰雨

 晴れ渡った空を見上げれば、暖かな陽光が差し込み、爽やかな風が髪を撫でる。そんな清々しい陽気ですら、ブリザード吹き荒れる私の心を温めてはくれない。

 あぁぁ、憂鬱だ。

 このまま待ち合わせ場所に着かなければいいのにと考えてしまうほどには病んでいた。

 デートの為に費やした金と労力にも腹が立つ。新しく買ったワンピースとパンプスにアクセサリーを身につけ、ジャケットを羽織る。久しくデートなどしていない私は、最新のおしゃれ服を知らない。ショップ店員に全身コーディネートしてもらった服をそのまま購入し、行ったこともないネイルサロンに行き、ドギマギしながら綺麗なネイルを施してもらった。

 普段の自分よりはマシになっているが、果たして奴にバカにされないで済むのだろうか?

 今日のために、お肌の手入れも毎日欠かさずした。そのおかげか肌の調子は絶好調だ。髪を丁寧に巻き、メイクも普段の倍の時間をかけて施した今の私はそこそこ綺麗だと思う。

 しかし、そんな努力を好きでもない男、むしろ嫌いな男のためにしているかと思うと、それだけでバカらしくなる。

 いっそ上下ジャージにノーメイクの方が良かったのではないか?

 いや、アイツは『おばブラ』にもひるまない男。逆手に取られて、揶揄われるのがオチだ。逃げられないデート中、ずっと言われ続けるのも正直しんどい。

 暗澹たる気持ちを抱え、奴との待ち合わせ場所へと向かう。

 駅の改札を出て、辺りを見回すとビルの壁に背をつけ、スマホをいじりながら待つ美丈夫が目に入った。

 遠巻きにチラチラと見つめる女子達の視線に気づいているのかいないのか、奴の周りだけが、人で混み合う駅前にあって、ポッカリと空いていた。

 白シャツに細身のパンツを合わせ、デッキシューズを履いただけのシンプルなコーディネートなのに、何故あんなにも様になる?

 無駄に振り撒くイケメンオーラ。

 あの中に入っていく勇気は毛頭ない。このまま踵を返し、帰りたくなる衝動に駆られるが、フッと目線を上げた奴と目が合ってしまった。

 逃げ出したいのに、逃げられない私に近づいて来る奴の一挙手一投足に集まる周りの視線。


「鈴香、おはよ」


 私の人生、終わった……

 驚きと共に向けられる大多数の嫉妬の目に、声が出ない。


「どうしたの? 固まっちゃって? あぁ、緊張しているのか。周りの視線に」


 顔を近づけ、耳元でささやかれた言葉が更に身体を強張らせる。


「なんか面倒になりそうだし、逃げよっか」


 掴まれた手を振り払う事も出来ず、奴に従うしかなかった。








「もう、無理。走れない……」

「体力ないねぇ。もう少し鍛えたら?」


 ゼイゼイと肩で息をする私とは対照的に涼しい顔でクスクスと笑う奴を本気でド突きたくなる。


「あんたねぇ。私はヒール履いてるのよ! フラットシューズのお前と一緒にすんな!!」

「確かにそうか。でも、衆人環視のあの場にずっといるよりマシだったんじゃない? それとも、あの場でキスでもした方が良かった?」

「なっ!! な訳あるかぁ!!!!」


 私の反応がツボにハマったのか、腹を抱えて笑い出した奴を見て、怒りのボルテージが急上昇して行く。

 落ち着け、落ち着け……

 頭のなかで『平常心平常心』と念仏のように唱える。怒りの感情を露わにすれば奴を益々つけ上がらせることになるのはわかりきっていた。


「くくっ、本当面白い。会社ではバリバリの出来る女なのに、自分のテリトリーから外れたら、こんなに可愛くなるなんてな。ガキの言動に振り回されてるアンタ、本当可愛いよ。デートのために、爪にネイルして、ワンピースも新しく買って、時間をかけてヘアメイクもして、俺のためにオシャレしてくれたんだろう? なのに、心底不本意って顔をする。本当、意地っ張りで可愛い」


 七歳も歳下の男に、可愛いを連呼され気恥ずかしさに頬が熱を持ち始める。


「別に貴方のためじゃないし、自惚れないでよね」

「そういう所が意地っ張りなんだよ。それにさぁ、さっきだって目が合った瞬間逃げようとしたよな? だから逃げられないように捕まえておかないと。今だって逃げられるなら逃げ出したいと思っているだろう? だから……」


 繋いでいた手の指先が絡み合う。


「こうやって繋いでおかないとね。じゃ、行こうか」


 絡めた指先をキュと握られ、ジっと痺れるような熱が指先から全身に駆け巡り、奴の手を振り解くことが出来なくなってしまった。

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