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真紘side

 気絶するように眠った鈴香を見下ろし、欲望のまま彼女を貪った自分自身に苦笑をもらす。

 本当に可愛くねぇ……

 彼女を翻弄したようで、実際に翻弄されたのは俺自身だ。最後まで名前すら呼ばれなかった事が、彼女との間に立ちはだかる大きな壁のようで苦々しい想いが心に巣食う。

 鈴香との出会いは偶然だった。

 飲み仲間の悪フザケにノったのがそもそもの始まりだ。自分の顔が異様に女にモテるのは昔から自覚していた。中、高、大学と裏でファンクラブすら出来ていたのも知っていた。

 本気で誰かを好きになった事なんてあったのだろうか。

 好きと言われるたび、彼女達は自分の何処を好きなのだろうと、好意を向けられれば向けられる程、気持ちは冷めていった。

 結局のところ『彼女』以外は、どうでもよかったのだろう。

 吉瀬美沙江きちせみさえ、彼女だけが自分にとって特別で唯一だった。

 美沙江と別れてからは、さらに素行が悪くなった。

 自分の性格が悪いことは自覚している。彼女がいようとも、誘われれば別の女の相手もするし、浮気を責められれば、問答無用で別れを切り出した。二股、三股は当たり前、はっきり言って自分でもクズだと思う。自分本位で相手の気持ちを考えないクズ男。しかし、こんな俺でも女は寄って来る。終いには、浮気を咎められる事すらなくなった。

 結局のところ、彼女達にとって俺の存在価値は顔だけなのかと。彼女達が身につけるアクセサリーと同じ。見た目さえ良ければ、中身などどうだっていい。性格が悪かろうが、浮気男だろうが構わないのだろうと。

 次第に恋人を作る事すら面倒になった。適当な相手とその場限りの関係を結ぶ方が後腐れなく、楽だと思うようになった。

 上辺だけの友が増えていく。深い関係より、自分の欲を満たすためだけの浅い関係を築くことが、自分の醜い内面を隠す手段となった。外面そとづらに騙されて寄って来る女達に、そんなクズな俺を利用しようと寄ってくるクズ仲間。

 欲望のままに、やりたいように振る舞う。

 そんなクソみたいな世界で王のように振る舞っていた俺に与えられた運命。

 あのクリスマスイブの夜、悪友とした賭けが全ての始まりだ。

『お前が陰キャの振りしても女をお持ち帰り出来ると思うか? しかもクリスマスイブにさ』

 かなり不利な賭けだったが、悪ノリすることにした。陰キャの振りした性格最悪な俺に落ちる女などいるのか?と、単純に興味が湧いたのもある。

 体型に合っていない既製品の安いスーツを買い、髪を適当にセットし、顔が目立たないように長めの前髪で目元を隠した。極めつけは、黒縁眼鏡だ。変装は完璧だった。一番の問題は、カップル溢れる街中に、クリスマスイブを一人で過ごす寂しい馬鹿な女がいるのかということだけ。

 降り出した雪がいつの間にか雨に変わり、恋人達で溢れかえった街中を一人歩き回るのも馬鹿らしくなった頃、ずぶ濡れになった鈴香と出会った。彼女の様子を見て直ぐに訳ありだと思った。ロングのチェスターコートに足元はスパンコールがキラキラと輝く黒のピンヒールのパンプス。明らかに誰かとクリスマスデートだったと思しき格好なのに、傘もささず、雨に濡れるのも気にせず、フラフラと歩いている。直ぐに彼氏にでも振られたのだろうと察しがついた。

 彼女にぶつかったのは偶然でも何でもない。うつむき、時折り天を見上げ宛てもなく歩く彼女の意識を自分に向けさせるためだけに、わざとぶつかったのだ。

 計画は全て上手くいった。

 傷心の彼女の隙につけ入り、BAR という自分のテリトリーに引きずり込んだ。

 賭けには勝った。

 ズタボロの彼女の心の隙に入り込み、境遇が似た者同士の振りをし、寂しい者同士、傷を舐め合うように一晩を共にすると承諾させた。しかし、彼女とsexするつもりなど毛頭なかった。失恋した女の相手など面倒なだけだ。後で勘違いされて付きまとわれるのもゴメンだった。かなり酔いが回っていた彼女をホテルに残しさっさと退散するつもりだった。鈴香の本音に気づくまでは……

『貴方を見ていると思い出すの。まだ初々しかった彼の事を。幸せだった頃の彼との想い出に一時だけでも浸りたい』

 鈴香は始めから最後まで俺を見ることは無かった。俺を通して元彼をずっと求めていた。

 どこか挑発的な彼女の行為は、元彼への当てつけだったのかもしれない。男を支配し、優位に立つ事で満たされる元彼への想い。

 悲しみ、怒り、憎しみ……

 複雑に絡み合った感情が満たされた一瞬。彼女の誘惑に負け、襲いかかったあの瞬間に魅せた彼女の悲しみに満ちたはかなくも美しい笑みが忘れられない。

 あの笑みが、俺ではない別の男に捧げられたものだと考えるだけで腹わたが煮えくりかえる。

 彼女の心に巣食う男を追い出し、俺の存在を刻みつけたい。一瞬で膨れ上がった強い欲求のままに彼女を貪った。なのに満たされない欲求。最後まで彼女が俺を瞳に写すことはなかった。

 未だに彼女の心の中にはあの男がいるのだろうか。

 運命の悪戯か、彼女と再び出会う事になろうとは。鞄に無造作に入れられていた社員証を見た時震えた。鈴香を逃す気など毛頭なかったが、春から入社する会社の営業部に在籍していると判れば、攻め方は変わってくる。嫌でも、彼女は俺と同僚になるのだ。

 一夜を共にした名も知らぬ男が、後輩として現れた時、彼女は動揺するのだろうか?

 それとも、元彼の代わりにした男の事など忘れてしまうのだろうか?

 そんな事を考えるだけで楽しかった。

 運命の神は時に残酷で甘い痛みを与える。

 あの日、あの時、神は確かに俺の味方だった。しかし、鈴香と再び出会ってからは、にがい想いだけが心の底に積もっていく。

 新人として顔を合わせた時、俺の正体に気づかないのはまだ許せた。しかし、俺の教育係になり接点が増えてからも気づかないなんてあり得ないだろう。

 いつまで経っても彼女の中の俺は、一後輩でしかない現実に苛立っていた。だから、教育係だった鈴香に嫉妬した女の暴走に気づきながら止めなかった。

『少しでも鈴香の心に俺の存在を刻みつけたい』

 そんな想いも結局、一人であっさり嫌がらせを解決していく彼女の見事な手腕に打ち砕かれる事となった。

 鈴香の前では、俺の存在など他の同僚達と同じだと痛感する日々に限界が近づいていた。

 全てが上手くいかない。

『私を崇拝する可愛い下僕が沢山いるのに、毛も生え揃ってない生意気なガキの相手は萎えるわぁ』

 横で眠る鈴香の残酷な言葉が脳裏を霞めていく。

 彼女にとって俺は、ワガママなガキにしか写らないのだろう。欲しいモノが手に入らず駄々をこねるガキと一緒なのかもしれない。

 土下座事件以降、増え続ける鈴香の下僕志願者以下の扱いにも腹が立つ。

 俺の正体を告げ罪悪感を煽り、彼女の弱味を突きつけ俺に縛りつけたとしても、鈴香の心に俺を刻みつける事は出来ないのか。

 クリスマスイブの真実を明かす必要はなかったのかもしれない。彼女の罪悪感を煽り、俺の言いなりにする事だって出来た。その方が簡単に彼女を思うがまま操れる。しかし、真実を明かした。

 罪悪感はいつか消えてなくなるが、憎悪の感情は、俺が側にいる限り鈴香の心の中で燃え続ける。

 憎悪の感情でも構わない。

 鈴香の心に俺という存在を刻み込めるのであれば……

『貴方こそ私が欲しいのでしょ』

 快感に溺れてなお、屈しなかった鈴香の挑発的な視線が俺を狂わせる。

 結局今回も俺の負けか。

「くくっ、本当、可愛くねぇ……」

 自嘲的な笑みを溢し、彼女の濡れて赤く色づいた唇にむしゃぶりついた。

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