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3日目

『グリーン・ルーフ・イン』の待合室には、時折、どう見てもこの無機質なコンクリートの箱にそぐわない人間が座っていることがある。法という名の巨大な網は、時として信じられないほど目が粗く、そして無慈悲に作動するからだ。



今日のシフトで私の前に連行されてきたのは、グロリアという名の初老の女性だった。




彼女は准看護師(LPN)として、なんと35年ものキャリアを持つ大ベテランである 。


長年人々の命と健康に寄り添ってきた者特有の落ち着きが彼女にはあったが、その表情には深い疲労が刻まれていた。それもそのはずで、彼女は過酷な12時間の夜勤シフトを終えたばかりであり、本来であれば今頃は家のベッドに潜り込み、泥のように眠っているべき時間だったのだ 。



そんな彼女が、なぜ手錠をかけられ、犯罪者としてこの悪名高い施設に連行されてきたのか。彼女にかけられたのは、リハビリセンターの入所者の顔を殴ったという、にわかには信じがたい暴行容疑だった 。



「彼が自分の薬を飲むのを拒否したから、私が顔を殴ったというのよ」 。




グロリアは呆れたように私に語った。



「私が飲むべき薬じゃないわ。彼自身の薬よ」 。



彼女の話を聞き進めると、事の顛末は不運な事故などではなく、意図的な「冤罪」であることがわかってきた。

この告発をした入所者がトラブルを起こすのは、今回が初めてではなかった。彼は過去の2018年にも、別の黒人スタッフに対して全く同じような嘘の告発を行っていたという筋金入りの人物だったのだ 。





もちろん、彼女が働いていた施設側もただ黙っていたわけではない。

職場は規定に従って彼女を一時的な停職処分とし、厳格な事実調査を行った 。


その結果はどうだったか。


彼女が患者を殴っていないことを明確に証明する3人もの目撃者が現れ、告発は完全に事実無根であるという正式な結論が出されたのだ 。当然、施設側は彼女の停職を解き、彼女は正当に職場復帰を果たした 。




物語がここで終わっていれば、ただの職場のトラブルで済んだはずだった。






しかし、この結果に全く納得しなかった人物がいた。







ーーーーーー入所者の娘である 。




「施設を通じて私を解雇させることができなかった娘は、今度は裁判所を使って私を陥れることにしたのよ」 。





施設側での追放に失敗した娘は、法的手段を用いて彼女を直接訴え、その結果として、今日この理不尽な逮捕劇が引き起こされたのだった 。



この35年間、彼女はただの一度も逮捕されたことなどなかった 。手錠の冷たさも、このグリーン・ルーフ・インの凍りつくようなベンチの硬さも、彼女の人生には全く無縁のものだったはずだ。無実の罪で容疑者として扱われる屈辱は、想像を絶するものがある。





それでも、グロリアの瞳から光が失われることはなかった。



「最悪の状況の中でも、できる限り光を見出さなければならないわ」 。

彼女は静かに、しかし力強く語った。






「神様は私が何もしていないことを知っている。だから、最後には必ず私が勝利を収めるのよ」 。



理不尽なシステムに飲み込まれそうになっても、彼女は決して自身の尊厳を手放さなかった。



幸いなことに、システムの歯車は彼女を完全にすり潰すことはなかった。彼女には「PRボンド(自己誓約による釈放)」が提示されたのだ 。


これは、後日指定された裁判の日程に必ず出廷するという誓約書にサインするだけで、高額な保釈金を支払うことなく釈放される制度である 。




手続きの最後、彼女は緑色のセンサーボックスに指を押し当てて指紋を採取された 。


私は彼女に、この指紋採取は決して罪を認めたことを意味するものではなく、単なる手続きの一部であることを伝えた 。






「戦って、私の潔白を証明してみせるわ」 。




彼女はそう言い残し、誓約書にサインをして、施設の外へと繋がるゲートへと向かった。分厚い扉が自動で開き、彼女はついに休むべきベッドへと帰っていったのだ。






私は彼女の背中を見送りながら、静かに息を吐いた。


法というシステムは、時として罪のない者を無慈悲に痛めつける。だが、彼女のように強い芯を持った人間は、決してその理不尽さに屈することはないのだ。




さて、感傷に浸っている暇はない。次なる「宿泊客」が、手錠を鳴らしながらカウンターに近づいてきている。




ーーーーグリーン・ルーフ・インの日常は、まだまだ終わらない。







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