第九話 ―アニメイト本店 ― 物語の集積所―
建物そのものが、
意思を持っているように見えた。
縦に高く、
壁一面を覆う看板。
色彩と文字と、無数の人物像。
「……城、だな」
エリシア・グランフェルトは、
素直にそう評した。
防御ではなく、
攻勢の城。
剣ではなく、
物語で人を引き寄せる城。
「ここが……この都市の“集積所”か」
男は、隣で苦笑した。
「まあ……否定はしません」
中は、さらに異様だった。
書物。
映像。
像。
衣装。
音。
あらゆる物語の断片が、
階層ごとに積み上げられている。
「……戦記の書庫か?」
「ええ、ただし――
実在しない戦争の、です」
エリシアは、
一冊の書物を手に取った。
剣を持つ少女。
鎧。
覚悟を宿した目。
――自分に、似ている。
「……?」
胸の奥に、
冷たい感触が走った。
別の棚。
別の“騎士”。
性別も、年齢も、
装備も違う。
だが、
役割は同じだ。
戦う者。
選ばれる者。
物語を背負う者。
(……型、か)
エリシアは、
ゆっくりと理解する。
ここでは、
剣は武器ではない。
物語を駆動させる
記号だ。
「……私が、ここにいたら」
ふと、
考えてしまった。
もしこの都市で、
自分が物語になったら。
敗北も。
迷いも。
血も。
誰かの“消費”になる。
その想像に、
わずかな――
しかし確かな、嫌悪が湧いた。
「……私は、飾りではない」
思わず、
声に出ていた。
男は、
少し驚いたように彼女を見る。
「……そうですね」
その返答は、
これまでと違っていた。
軽く流さない。
冗談にしない。
棚を一つ眺めながら、
静かに言う。
「でも、ここにあるのは
“削られた人”じゃない」
エリシアは、
視線を向ける。
「削られた人?」
「現実の人は、
物語になれません」
男は、
少し言葉を選ぶ。
「でも、物語は……
人が立ち上がった痕跡だけを
すくい取る」
勝利も、
敗北も、
迷いも。
全部を背負ったまま、
進もうとした“瞬間”。
「……だから、
ここにあるのは――」
男は、
はっきりと言った。
「剣じゃなくて、
“選択”です」
エリシアは、
棚に並ぶ騎士たちを、
もう一度見渡した。
完璧な者はいない。
無傷な者もいない。
だが、
立ち止まっていない。
(……なるほど)
ここは、
英雄の墓場ではない。
騎士の檻でもない。
物語が集まり、
また誰かを立ち上がらせる場所。
その理解は、
少しだけ――
胸を軽くした。
ふと、
男の視線が、変わっていることに気づく。
彼はもう、
鎧を“珍しがって”いない。
武器としても、
コスプレとしても、見ていない。
ただ――
一人の人間として
彼女を見ている。
「……何だ」
エリシアが問うと、
男は少し困ったように笑った。
「いや……」
一拍置いて。
「あなたが、
どんな物語を選ぶのか、
ちょっと気になっただけです」
エリシアは、
鼻で笑った。
「私は、
まだ選んでいない」
そして、
真っ直ぐに言う。
「だが――
選ぶ権利があることは、
理解した」
それだけで、
十分だった。
アニメイト本店を出ると、
池袋の空は、
相変わらず低い。
だが、
エリシアの視界は、
少しだけ広がっていた。
剣を持つ意味も。
物語に立つ意味も。
まだ、途中だ。
だが――
この都市なら、
続きを探せる。
エリシア・グランフェルトは、
“物語の集積所”を背に、
次の階層へと歩き出した。
剣ではなく、
選択を携えて。




