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池袋の女騎士  作者: hechima


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第八話 ―乙女ロード ― 騎士は見る側だった―


その通りは、異様だった。


武具店もない。

食堂もない。

兵も、行商人もいない。


代わりにあるのは、

色とりどりの看板、

装飾された窓、

そして――女性ばかりの人波。


「……ここは、何の区画だ?」


エリシア・グランフェルトは、

思わず足を止めた。


空気が違う。

戦場でも、市場でも、王城でもない。


視線が、突き刺さらない。

警戒も、評価も、値踏みもない。


――見られていない。


それが、最初の違和感だった。


通りの両側に並ぶ店舗には、

絵姿の男たちが大きく描かれている。


剣を持つ者。

魔導書を掲げる者。

傷を負い、微笑む者。


「……英雄か?」


だが、その表情はどれも奇妙だった。


誇示がない。

威圧もない。

命令する目をしていない。


「守る者の顔ではない……」


むしろ――

見られることを前提とした顔。


エリシアの胸に、

わずかな不快感が芽生えた。


「軽いな……」


思わず、そう呟いていた。


英雄とは、

剣を振るい、血を流し、

沈黙のうちに責務を背負う存在だ。


飾られるものではない。

消費されるものでもない。


(騎士を、物語を、

 このように扱うとは……)


彼女は、鎧の胸元に手を当てた。


これは――

騎士の尊厳を削る場所だ。


そう、判断しかけた。


だが。


一軒の店の前で、

足が止まった。


中では、数人の女性が、

一冊の本を囲んで話している。


「ここの選択、最高じゃない?」

「でも私はこっち派」

「分かる……でも弱さを見せたのが良くて」


声は静かだが、熱があった。


興奮ではない。

軽薄さでもない。


――真剣だ。


エリシアは、耳を澄ませてしまった。


語られているのは、

剣の強さではなかった。

敵を倒した数でもない。


迷い。

葛藤。

守れなかった後悔。


「この人、最後まで逃げなかったんだよ」

「勝てなくても、立ってた」


その言葉に、

エリシアの喉が、僅かに詰まる。


それは――

騎士団で何度も聞いた評価と、同じだった。


別の店。


壁一面に並ぶ書籍。


そこに描かれた男は、

剣を置き、背を向けている。


「……敗北した英雄?」


だが、説明文を読むと、違った。


彼は、

“守れなかったこと”を悔やみ、

剣を取る資格を疑い、

それでも再び立ち上がる。


勝者ではない。

完璧でもない。


それでも、

物語の中心にいる。


(……守られる存在では、ないのか)


エリシアは、

自分が無意識に抱いていた前提に気づく。


女性は、守るもの。

騎士は、守る者。


だが、ここでは違う。


彼女たちは、

誰かに守られる物語を

受け取っていない。


彼女たちは、

物語を選び、

評価し、

語り合っている。


主体だった。


エリシアは、

鎧の中で、深く息を吐いた。


「……なるほどな」


騎士とは、

剣を持つ者ではない。


守る対象が、

常に“弱者”である必要もない。


守るとは――

立ち上がる意思を尊重すること。


見下ろさず、

支配せず、

ただ、隣に立つこと。


「……これは……」


小さく、呟く。


「騎士道の、別解か」


答えではない。

だが、否定もできない。


通りを抜けるとき、

エリシアは振り返らなかった。


もう、軽薄だとは思わない。


だが、

完全に理解したとも言えない。


それでいい。


剣と同じだ。

一度で極められる道など、存在しない。


「池袋……」


彼女は、静かに名を呼ぶ。


この都市は、

戦わずに価値観を揺さぶってくる。


血の流れない戦場。

そして――

騎士を、試す街。


エリシア・グランフェルトは、

また一歩、

剣を抜かずに前へ進んだ。

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