第五話 ―空に近い塔―
池袋の中心に、
塔があった。
それは城ではない。
門も、堀も、衛兵もない。
だが――
異様に高い。
「…………」
エリシア・グランフェルトは、
首を痛めそうなほど見上げた。
「……あれは」
「サンシャインです」
男は、あっさり言った。
「塔、だな」
「はい。塔ですね」
エリシアは、
本能的に理解していた。
高所は、権威だ。
見下ろす位置は、力だ。
王は城の最上階に住み、
神殿は丘の頂に建つ。
それは、
どの世界でも変わらない。
「……誰が、
あの塔を治めている?」
男は、
少し間を置いて答えた。
「誰も」
エリシアは、
聞き返さなかった。
聞き返せなかった。
塔の内部は、
思っていたよりも――
俗だった。
人がいる。
店がある。
食べ物の匂いがする。
「……城ではないのか」
「ええ」
「だが、
市場にしては……
空に近すぎる」
エリシアは、
落ち着かない様子で歩く。
壁は厚くない。
天井は高い。
「……ここは、
要塞ではないな」
「でも、
高いでしょう?」
「高い」
それだけで、
十分だった。
展望台。
扉が開いた瞬間、
エリシアは言葉を失った。
都市が、
足元にあった。
人が、
蟻のように動いている。
「……見下ろしている」
「ええ」
「すべてを?」
「まあ……
見える範囲は」
エリシアは、
無意識に背筋を伸ばした。
高みは、
人を変える。
だが――
「……命令が、
聞こえないな」
「そりゃ、そうです」
「誰も、
私に跪かぬ」
「そういう場所じゃないので」
エリシアは、
困惑した。
高所に立っても、
権力が付随しない。
「……奇妙だ」
水族館。
水の中を、
魚が舞っている。
剣も、
魔法も、
一切、役に立たない世界。
「……これは」
「魚です」
「見せ物に、
しているのか」
「共存、ですかね」
エリシアは、
ガラス越しに泳ぐ影を見つめた。
「……敵でも、
民でもない」
「ええ」
「だが、
殺されてもいない」
「はい」
しばらく、
無言が続く。
「……守る必要も、
支配する必要もない存在」
男は、
小さく頷いた。
「この塔は、
そういう場所です」
外へ出る。
塔は、
相変わらず高い。
だが、
中身を知った今――
その印象は、少し変わっていた。
「……この塔には」
エリシアは、
静かに言った。
「敵も、
民も、
いない」
「ええ」
「あるのは……
眺めと、余暇だけだ」
男は、
否定しなかった。
エリシアは、
剣の柄から手を離し、
深く息を吸った。
「……権威とは、
高さそのものではないのだな」
池袋の塔は、
空に近い。
だが、
誰の上にも立っていない。
それでも、
人は集まる。
エリシアは、
その理由を――
まだ、言葉にできなかった。




