第四話 ―城は二つあった―
朝の池袋は、
夜よりも落ち着いていた。
エリシア・グランフェルトは、
剣を帯び、
昨日よりも軽装で歩いている。
鎧は、半分だけ。
「……この都市は、
昼と夜で顔が違うな」
「だいたい、そんなもんです」
男は、いつもの距離感で歩いていた。
そして、
それは突然、視界に現れた。
巨大な建物。
石ではなく、
硝子と金属で組み上げられた城。
いや――
城が、二つ。
「…………」
エリシアは、足を止めた。
「……待て」
「どうしました?」
「前方に、
王城が二つ存在している」
男は一瞬考え、
ああ、と頷いた。
「東武と、西武ですね」
「……東の武、西の武?」
「いえ、名前です」
エリシアは、
ゆっくりと二つの城を見比べた。
どちらも高い。
どちらも堅牢そうだ。
どちらも、民を吸い込んでいる。
「……内戦中か?」
「違います」
「王が二人?」
「違います」
「では、
なぜ城が並び立っている?」
男は、
少しだけ言葉を選んだ。
「……どっちも、
“富”を扱う場所です」
城の中は、
さらに異様だった。
広い。
静か。
だが、圧がある。
整った服装の人々。
丁寧すぎるほどの言葉遣い。
「……ここは、
市場ではないな」
「百貨店です」
「百の貨を扱う……
王国の倉庫か?」
「まあ……近いです」
だが、エリシアは気づいていた。
ここでは、
値段が交渉されない。
値切りも、叫びもない。
富が、
静かに、
当然のものとして存在している。
「……王城だな」
エリシアは、低く言った。
「民は、
ここで“選ばれる”」
男は否定しなかった。
やがて、
城の外へ出る。
そして、
通りを挟んで――
もう一つの城。
「……まだあるのか」
「あります」
「……なぜ、
一つにしない?」
エリシアは、
本気で理解できない顔をしていた。
「王権は、
集中させるものだ」
「この国では、
分かれてた方がいいこともあります」
「……分かれて?」
男は、
二つの城を見上げた。
「比べられるからです」
エリシアは、
その言葉を噛みしめる。
「競わせる……ということか」
「ええ」
「武力ではなく、
富で?」
「富も、
力ですから」
エリシアは、
しばらく黙ったまま――
やがて、頷いた。
「……なるほど」
「この都市では、
城同士が争うのか」
「まあ……
血は流れませんけどね」
「それは……
かなり高度だな」
再び、
通りに立つ。
人々は、
二つの城を気にも留めず、
行き交っている。
「……民は、
どちらの王に忠誠を誓っている?」
男は、
即答した。
「誓ってません」
「……?」
「欲しいものがあれば、
入るだけです」
エリシアは、
目を見開いた。
「……忠誠なき城」
「そんな感じです」
沈黙。
やがて、
エリシアは、静かに言った。
「この都市は……
王が不要なのだな」
男は、
少しだけ笑った。
二つの城を背に、
二人は歩き出す。
エリシアは、
剣の柄に手を置き――
だが、抜かなかった。
「……守るとは、
こういうことかもしれんな」
誰にともなく、
そう呟く。
池袋には、
王はいない。
だが、
城は二つあった。




