第十三話 ―女騎士の選択―
剣は、
重かった。
重さそのものは、
変わっていない。
だが――
池袋という街に来てから、
その重みは質を変えていた。
エリシア・グランフェルトは、
夜の歩道橋の上で立ち止まった。
眼下には、
人の流れ。
駅へ向かう者。
帰路につく者。
行き先のない者。
誰も、
助けを求めていない。
それでも、
誰もが必死に生きている。
(……守るとは)
異世界での答えは、
明確だった。
命令を受け、
敵を排し、
背後を死守する。
剣は、
そのための道具だった。
だが、
ここには敵がいない。
正確には――
敵という形をした存在が、いない。
「……なあ」
エリシアは、
隣に立つ男に声をかける。
「この街で、
守るという行為は……
成立するのか?」
男は、
少し考えた。
すぐに答えない。
それが、
彼の誠実さだった。
「……たぶん」
ゆっくりと。
「目に見える形では、
ほとんどありません」
エリシアは、
頷いた。
それは、
すでに知っている答えだ。
「だが」
エリシアは、
視線を人波に戻す。
「それでも、
崩れない」
迷宮の中心。
役割のない街。
それなのに、
秩序は保たれている。
「誰かが、
選び続けているからだな」
男は、
驚いたように彼女を見る。
「……ええ」
エリシアは、
剣の柄を握る。
抜かない。
剣は、
振るうためだけのものではない。
立ち止まるため。
選ばないためではなく、
選ぶための重み。
「……私は」
言葉を探す。
「ここで、
誰かの人生を
代わりに背負うことはできない」
騎士であっても。
「だが――」
一拍。
「選択が踏みにじられる瞬間には、
立てる」
それは、
戦争ではない。
事件ですらない。
誰かが、
声を上げられなくなる瞬間。
流れに飲まれ、
自分を失いかける瞬間。
「……それは」
男が、
静かに言う。
「この街では、
とても難しい役割です」
エリシアは、
微笑んだ。
「だからこそ、
剣を持つ意味がある」
彼女は、
夜空を見上げる。
異世界の星とは、
配置が違う。
だが、
光は同じだ。
「……帰れば」
エリシアは、
ぽつりと言う。
「私は、
“正しい騎士”に戻れる」
命令。
役割。
明確な敵。
「だが――」
言葉に、
迷いはなかった。
「ここでは、
正しさを自分で選べる」
剣は、
鞘に収まったままだ。
だが、
もう迷っていない。
「……私は」
エリシア・グランフェルトは、
はっきりと言った。
「池袋で、
騎士でいる」
男は、
何も言わなかった。
ただ、
その言葉を受け取った。
人の流れは、
今日も止まらない。
誰も、
主人公ではない。
だが――
誰もが、
選択を重ねている。
エリシアは、
その中に立つ。
剣を持つ者として。
戦わず、
奪わず、
だが――
選択を守る存在として。




