第十一話 ―池袋駅 ― 迷宮の中心
池袋駅は、
城ではなかった。
門もない。
塔もない。
玉座もない。
あるのは、
流れだけだった。
「……ここが、この都市の中心か」
エリシア・グランフェルトは、
呆然と呟いた。
人。
人。
人。
剣を持たぬ者たちが、
剣より速く動いていく。
階段を上る流れ。
降りる流れ。
横断する流れ。
交差し、
ぶつかり、
しかし止まらない。
「敵は……いないな」
「ええ。
でも、指揮官もいません」
男は、
案内することを諦めたように言う。
「ここでは、
誰も全体を見ていない」
エリシアは、
それが理解できなかった。
戦場において、
全体を見ないという選択肢はない。
だが――
ここでは、それが成立している。
掲示板。
電光表示。
文字と数字が、
命令の代わりに光っている。
「……号令だな」
「でも、
従わなくてもいい号令です」
エリシアは、
表示を見つめる。
遅延。
運休。
乗換。
誰かが困っている。
だが、誰も助けない。
正確には――
助ける“役割”がない。
(……妙だ)
騎士の目で見ると、
ここは常に混乱している。
だが、
崩壊はしていない。
ふと、
エリシアは気づく。
誰も、
特別ではない。
急ぐ者。
迷う者。
立ち止まる者。
誰もが、
自分の目的だけを持ち、
他人の物語に踏み込まない。
(……主人公が、いない)
戦記には、
必ず中心がある。
英雄。
王。
敵将。
だが、
ここにはいない。
全員が、
脇役であり、
同時に主役でもない。
胸の奥が、
ざわついた。
(……では、
私は何だ)
剣を持つ意味は?
守る対象は?
立つべき場所は?
どこにも、
“騎士を必要とする場面”がない。
「……私の役割は」
声が、
小さく震えた。
男は、
少し考えてから答える。
「……たぶん、
ここでは“最初から”
決まってない」
エリシアは、
思わず男を見る。
「この街では、
役割は与えられません」
男は、
人の流れを見ながら続ける。
「自分で選ばないと、
ずっと流されます」
流れ。
その言葉が、
重くのしかかる。
剣を抜けば、
敵は現れる。
命じられれば、
役割は明確になる。
だが、
ここでは――
選ばなければ、何者でもない。
エリシアは、
しばらく黙っていた。
改札を抜ける人々を、
ただ見ていた。
誰も、
彼女を見ない。
恐れもしない。
期待もしない。
その事実が、
静かに胸を締め付ける。
(……楽だな)
そして、
怖い。
「……なあ」
エリシアは、
ぽつりと言った。
「この街で、
騎士は不要か?」
男は、
即答しなかった。
だが、
否定もしない。
「……役割としては、
たぶん」
その沈黙が、
答えだった。
池袋駅は、
今日も人を吐き、
人を飲み込む。
中心でありながら、
誰の舞台でもない場所。
エリシア・グランフェルトは、
その真ん中で立ち尽くした。
剣を携えたまま。
だが――
初めて、
剣の置き場が分からなくなっていた。
迷宮の中心で、
彼女はまだ、
次の一歩を選べずにいる。
物語の終盤は、
静かに、
だが確実に、近づいていた。




