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剣聖令嬢、教えてあげる


「いい? よく見ていて。剣は腕で振るのではなく」


 木の棒を右手に持ちながら下段に構える。


「腰の回転と」


 左足を地面すれすれに前へ出す。


「小指の握り締めを合わせて」


 下半身から上半身へと力の流れを伝播させて。


「引き抜く!」


 目にもとまらぬ斬撃が木の棒から放たれた。

 今回切ったものが空気だったおかげで木の棒は折れずに済んだが、物体を切っていたのなら確実に粉々になっていただろう。


「わぁ!」


 シエラが感嘆の声を漏らす。


「さぁ、やってみて?」


「は、はい!」


 私は庭に落ちていた手頃な木の棒を二本、カーシェとシエラにそれぞれ手渡した。彼女たちはそれを、まるで命綱か何かのように必死な形相で握りしめている。


「ふるんじゃなくて……まわす?」


「セレナ先生。こ、こうですか?」


 シエラが、そしてカーシェが、木の棒を不器用に振り回す。当然、そんな力任せの動きでは、空中のリンゴどころか止まっている的に当てることすら難しい。


「力み過ぎよ。まずは小指に力を込めることに集中するの」


 私は彼女たちの指導を続けながら、ふと胸を掠めた疑問を口にした。


「……ねぇ、二人とも。どうしてそんなに『リンゴ斬り』ができるようになりたいの? あれはただの芸だし、遊びを覚える方が楽しいんじゃない?」


(それに、確かカーシェとシエラってハーベルナン伯爵の養子になる子……よね?)


 私の問いに、二人の動きが止まった。

 木の棒を握るカーシェの指が、白くなるほどに強まる。彼女は琥珀色の瞳を地面に落とし、震える声で答えた。


「……強くなって、悪者を倒したいんです」


「悪者?」


「あの、だるまみたいな貴族ですよ。……私たち、知ってるんです。あいつが、私たちを『家族』にするつもりなんてないこと」


 心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。


「どういう、ことかしら? ハーベルナン伯爵は、養子を求めていると……」


「うそだよ!」


 シエラが叫ぶように言葉を継いだ。


「ごえいしてる、大きな剣をもってるおじさんが言ってたもん!」


「大きな剣?」


 先ほど同席したゼスィアと伯爵の会話の時、護衛の中にそんな特徴を持った男はいなかった。代わりに私の頭には、『ポム・ド・メール』で出会った男の顔が思い浮かぶ。


「その人は、貴方たちに何と言っていたの?」


 下を向くシエラの頭を撫でながら、カーシェが小さな声で答える。


「言われたんです。私たちは養子なんかじゃないぞ、って。……『伯爵のおもちゃとして、奴隷として、使われるんだ』って」


「なん……ですって!?」


 頭の芯が、一瞬で沸騰する。


(伯爵が、そんなことを……?)


 あんな横暴な態度の伯爵貴族であれば、嘘だと言い切れない。いや、それどころか平民を見下すあの男ならば、養子にすると偽って奴隷にする可能性は大いにあり得そうだ。


(でも……そんなの、思いっきり犯罪じゃない!?)


 この国では、43年前の独立戦争を経て、人道に反する『奴隷売買』は厳格に禁止されている―――はずだった。けれど、ハーベルナン伯爵がやろうとしているのは、法律の穴を突いた卑劣極まりない『偽装養子』だ。

 表面上は「慈悲深い貴族による孤児の救済」という形をとり、屋敷の門を閉ざした後は、誰の目も届かない場所で子供たちを奴隷として弄ぶ……。


(……なんて、吐き気のする話なの)


 あまりの怒りに、奥歯からギリッと軋む音がする。

 目の前の少女たちはその理不尽から逃れるために、私に力を求めていたのだ。


「……おねえちゃん。わたしね、おもちゃにされないようになりたいの!」


「強くならなければいけないんです。自分を、守るために……」


 縋るような、覚悟を決めたような、シエラとカーシェの瞳が私の心を抉る。


ーーー私は『剣聖』だ。


 その気になれば、今すぐ応接室に踏み込んで、あの伯爵の首を氷の彫刻に変えることなど造作もない。

 けれど―――。


(今の私は、正体を隠したただの令嬢……)


 だからこそ、この国の法と貴族社会の秩序に縛られている。レナスハート侯爵家という巨大な後ろ盾があるとはいえ、証拠もない段階で他家の伯爵を断罪する権限など、私にはない。

 リサンドルティア公爵との契約。ゼスィアの安全。自分の立場。

 セルフィア・レナスハートに何が出来ると言うのだろう。


「……っ」


 唇を噛み締め、私は木の棒を握りしめた。

 目の前で震える小さな肩を抱き寄せることすら、自分勝手な私の『無責任な慰め』に思えてしまう。最強の剣の称号を与えられていながら、この理不尽な現実一つすら、今すぐ切り伏せることができない。


(私は……なんて無力なの……)


 少しだけ冷たい夕風が、私たちの間を吹き抜ける。

 その時、庭の奥の応接室から、あの伯爵の傲慢な笑い声が微かに聞こえていた。

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