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剣聖令嬢、空の旅を満喫する


乗り込んだ車両の内部は、外観以上に豪奢なもので、天井からは魔鉱石のシャンデリアが吊るされ、座席は最高級の魔獣の皮革で設えられたソファ。

各車両には揺れを一切感じさせない重力制御の魔法が施されており、分厚い窓から外を見ない限りこの空列車が動いていることを忘れてしまいそうだった。

ガタン、と小さな振動が一度だけ響き、列車の心臓部――巨大な魔鉱石が蒼白い光を放つ。


「浮きまs……浮くわ」


言うと同時に、列車は重力から解き放たれ、空へと滑り出す。

窓の外には、先ほどまでいた貴族学園の校舎が、ジオラマのように小さくなっていく光景が広がる。


「ここから見る景色は最高だね。あっちに見える雲の切れ間……そのずっと下に、僕たちの目的地があるよ」


「……うん。三十分だけだけど、なんていうか……贅沢な時間ね」


「はは。セレナもそんな風に思てくれるんだね」


「え?」


「僕も、君とこうしていられるのが、幸せだ。ありがとう……」


ルビーの様に輝く左目は、何かをかみしめるように私を見つめた。

それは幸福を享受しているとも、不安を秘めているともとれる曖昧な表情。

誰かの助けを求めているような瞳に、思わず体が動く。


「私は、ずっとそばにいます」


一人にしない。

悲しませたりしない。

だって、私が貴方を守るから。

この剣で、必ず……。


―――だから。


「そんな顔、似合いませんよ」


「っ! あはは……、ごめん。心配かけたね」


「いいえ。ゼスィア様の不安を癒すのも、婚約者の務めですから」


「そうだった。やっぱり君にはかなわないなぁ……」


ゼスィアは子供をあやすみたいに私の頭を優しく撫でた。

それは気持ちい体験だったけれど、なんだかペット扱いされているみたいでちょっとこそばゆい。

私たちは対等の立場な筈なのに。

目の前を見ると、おちゃらけた三下子息の笑顔が浮かんでいる。


「こ、子供扱いは……止めて頂きたいですわ」


「ふふふ、ごめんごめん。……でも、セレナも約束を破ったね」


「え?」


「お仕置きだ……」


撫でていた右手がピンク髪を掬い取り、露になったおでこに顔を近づけて……。


「っ!?」


額に柔らかいものが触れる感覚。

チュッという音が目の上から聞こえてくる。


「……な、ななな!?」


「言ったでしょ? 敬語禁止だって」


自分の顔がどうなっているのか知るのが恐ろしい。

確実に湯でたタコの様になっているだろう。

あまりの衝撃に全身が熱く、しまいには体までガクガク震えている。


「わ、わた……わたし、い、いま……」


初めて、されちゃった。

愛する人から。

大好きな人から。

き、ききき、きき、……キスを!

おでこだけど!


「今日は、最高のデート日和になりそう」


何事も無かったみたいに、体制を元に戻すゼスィア。

口調もいつもとほとんど変わらず、窓から見える空を眺めている。

しかし、私の目はごまかせない。

彼が、私と同じ顔色をしている事を。


「三下子息のくせに……」


「あはは……、耳が痛い」


魔鉱石を動力源とした高速の公共機関。

地上を行けば丸一日かかる道のりを、雲を切り裂き、風を追い越して、最短距離でたどり着く空の列車。

私達はしばらくの間、真っ赤な顔で過ぎ去っていく雲模様を眺めていた。


(そういえば、この列車は何処まで行くんだろう……)


空列車は8両編成となっており、乗ることが出来る人数は二百を超える。

当然バーキランス貴族学園の下町で降りる者が多いだろうが、さすがにそこが終点ではないだろう。


(方角はゼスィア様の家が納めているカレンドナ地方だけど……)


「なにか、気になるのかい?」


窓硝子に反射したゼスィアが此方を見ながら優しく微笑む。


「え? あぁ、この列車がどこまで行くのか気になりまs……気になって」


「この列車はリサンドルティア家の管轄だからね。……最南端のハーベルナン伯爵領が終点だよ」


「そうだったのね。やっぱりここより熱いのかしら?」


「そうだよ。果物とかの一次産業が盛んで、……色々と興味深い場所さ」


フルーツは、ゼスィアが好きだったことを思い出す。

特に桃が好きで、よく彼と一緒に食べていた。


「いつか、一緒に行きたいわ」


「……ああ」


少年は頷き、また窓の外へと目を向けた。

眼下には緑の森林と青い河川が、流れる絵画のように過ぎ去っていく。

時期に停車駅へ到着することを知らせるベルの音が列車内に響き、窓から見える地上の風景が近づいてくる。

活気に満ちた下町の茶色い屋根瓦や、何本も格子上に敷かれた道々、空列車以外にも地上を飛び交う色んな空車の数々、そして沢山の出店と屋台に集まる人々の姿が見えてきた。

上空の静寂から打って変わって、人々の喧騒が近づく。

ゼスィアが立ち上がり、私へと手を伸ばす。


「そろそろ到着だ。……行こうか、セレナ」


「……うん!」


その手をギュッと掴む。

彼に手を引かれ、私は幸せな予感と共に、駅のホームへと一歩を踏み出した。

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