剣聖令嬢、覚悟を示す
―――ザンッ!!
空気を震わせる鋭い音と共に、蒼白の閃光が車両内を駆け抜けた。それはもはや剣の軌跡ではなく、この空間そのものを一瞬で冬の深淵へと塗り替える。
私の放った横一閃は、襲いかかる男たちの喉元を、胸を、そして武器を、音よりも速く通り過ぎた。斬られた感触もないだろう。刃が触れた瞬間に凍結させ、思考する時間すら与えないから。
「……あ、あ…………」
伯爵の喉が、引き攣った音を漏らす。一斉に飛びかかったはずの護衛たちは、剣を振り下ろした姿勢のまま、あるいは踏み出した足の形のまま、大理石の彫刻のように静止していた。彼らの体は、服の繊維一本に至るまでダイヤモンドダストを纏い、美しくも儚げな氷像へと変貌している。
この場で動けるのは、氷剣を収める私と、車両の奥にいる姉妹、そして―――腰を抜かし、尻餅をついたハーベルナン伯爵だけ。
「ひ、ひぃ……ッ! こ、こんな……! 貴様、本当に……!?」
伯爵は手元に残った奴隷の首輪を、縋るように握りしめながら、よろよろと後ずさる。
「な、何故だ! 何故、剣聖が……こんな、平民どものために剣を抜く! 貴族を守るのが、お前たちの存在意義ではないのか!? たかが孤児なんぞに……どうして! なんでだぁ!?」
罪人の悲鳴を聞いた瞬間、私の心に、かつての記憶が鮮やかに蘇った。ただ強くなりたいと願った日々。そして、痛みに耐えながら隣で微笑んでいた幼かったゼスィアの姿を。
「……存在意義、ですか」
私は、改めて伯爵の姿を一瞥する。視線に魔力がこもっている所為か、伯爵の眉毛に白い霜が降りた。
「私が……剣を握ったのは、この国のためでも、名誉のためでもありません」
この世界は不公平で、理不尽で、身勝手。子供の絵空事など通用しない、悲しい事ばかりの世の中だ。だから最初から、『国の為』とか『家の為』とか、そんな立派な志なんて持っていない。持とうとも思わない。
「ただ……昔、私を守ってくれた『大切な人』を、今度は私が守りたい。そう願ったから、剣聖になった。それだけです」
私は既に、この剣で守るモノを定めている。だからこそ揺るがない。
この覚悟は、ただ命を守るとか、怪我させないとか、そんな上辺だけの言葉を言っているのではなかった。
「彼も、彼が守りたいと願うものも……あの人たらしめるものすべてを、私は、守りたい」
「……き、貴族を、私を! 平民より優先しても、か!?」
「あの人が子供たちを慈しみ、必死に守り抜こうとしている。だったらその未来は、私にとっても守るべきもの。……第七の剣として、氷剣を貴方に向けることに、何一つ迷いはありません!」
それが、セレナ・レナスハートとしての信念。第七の剣『剣聖、絶対零度』として、ゼスィアを守る婚約者として、絶対に揺るがされる事の無い私の使命。
「貴方が見下したその少女達は、私にとって……そして、優しく気高いあの方にとって、命を懸けて守るに足る価値があるのです」
「……あ…………」
伯爵は、もはや反論する力すら失い、うなだれた。権力も金も、剣聖の前では、ただの張りぼてに過ぎないことを悟ったのだろう。
数分後、緊急停止の警笛が鳴り響き、列車は次の駅へと滑り込んだ。ホームに待ち構えていたのは、ゼスィアが事前に通報していたであろう、公爵家直属の騎士団。その中には私と共に仕事をしたこともある騎士団長の姿が見えた。
半壊し、大量の凍傷患者が倒れている臨時車両に騎士団長は眉をひそめるが、ハーベルナン伯爵と共に出てきた私を見て、もろもろを察してくれる。
「ハーベルナン伯爵。貴方を奴隷売買禁止法違反の疑いで拘束します」
騎士たちの手によって、伯爵の手首には冷たい鉄の手錠がかけられた。先ほどまで彼が子供たちに嵌めようとしていた奴隷の首輪と同じ、逃れられぬ罪の象徴。
私は、車内に残されたカーシェとシエラの元へ駆け寄り、凍えていた彼女たちの小さな肩を、今度は優しく、暖かく抱きしめたのだった。




