剣聖令嬢、今度こそ教えてあげる
「……何者だ、貴様は! ……傭兵、か? いや、お前は孤児院の……」
ハーベルナン伯爵が、首輪を握りしめたまま引き攣った声で叫ぶ。私はそちらに視線も向けず、床にへたり込んだカーシェとシエラに目を向けた。
「……もう、大丈夫ですからね」
そう言って、氷結したかんざしを握りしめる。
フルフルと震える彼女たちのウルウルとした視線を感じながら、ゆっくり……、肥え太った男を見つめた。
「ハーベルナン伯爵。私は、貴方を拘束しに来ました。罪状は、『奴隷売買禁止法の違反』。当然、お心当たりがおありですね?」
「な!?」
遂に、横柄な態度を取り続けた男が動揺する。
貴族が法に逆らえば、爵位をはく奪されても文句は言えない。この男もその事を分かっていて、それでも奴隷を持とうとしたという訳だ。
「……な、何を馬鹿なことを! 私は慈悲の心で孤児を救おうとしているのだ! それを襲撃するなど、貴様こそ極刑を免れんぞ!」
いけしゃあしゃあと論点をずらす伯爵に、今さら怒りなど沸かない。その手に持っている奴隷用の首輪、カーシェとシエラの表情、それらがコイツの罪状を証明しているのだから。
「おい、者共! この無礼な小娘を、今すぐ殺せ!」
口封じ、という手段に出た罪人は、姉妹の手を乱暴に引っ張り、車両の奥へと下がっていく。周囲の護衛たちも、雇い主の怒声に応じて剣を抜いた。……だが、その切っ先はどれも、寒さのあまり小刻みに震えていた。
(おっと……)
怒りのせいで無意識の内に、周りの気温を下げ過ぎてしまったと気づく。
服をはぎ取られた少女達を、寒さから遠退かせたことだけは伯爵に感謝しよう。はぎ取った犯人も彼ではあるが……。
「抵抗はおススメしません。今は、『法』の番人としてここにいます。……私は、セルフィア・レナスハート。とあるお方をお守りする立場であり、そして―――」
蒼氷のレイピアを軽く一振りし、車内の霜を舞い上がらせた。
「現、第七の剣……『剣聖、絶対零度』。貴方たちが敵う道理はありませんよ?」
一瞬、車両内が静まり返った。だが、次の瞬間、伯爵は鳩が豆鉄砲を喰らった顔から一転、肺にある空気をすべて吐き出すように笑う。
「はぁーははは! 剣聖だと!? お前が!? はっ、笑わせるなッ!」
腹を揺らし、脂汗を垂らしながら嘲笑を続ける。
「この世に八人しかおらん剣聖とは、皆が国家の至宝ぞ! 『衡人』に次ぐ最高戦力が、あんな貧乏臭い孤児院で、木の棒を振ってガキの相手をしていたと? 我々を侮辱するのも大概にせよ!」
「信じようが信じまいが、それは貴方の自由です」
これから訪れる未来に、何の影響もしないのだから―――。
私は静かに、姿勢を低くする。後ろ足に貯めを作りながら、簪に魔力を練り込んでいく。周囲の大気がパキパキと音を立て、私の魔力に応答して鋭い針のような氷晶を作り出す。
「お前たち、何をもたついている! その小娘はただのハッタリだ! 剣聖の名を騙る大罪人は、ここで処刑してしまえ!」
伯爵の言葉に金で雇われた護衛たちは、一斉に踏み出してきた。全員が対人武装と思われる片手剣を手に、一切の躊躇なく向かってくる。
(忠告はしたけど……ここからは、実力行使ね)
視界を、さらに深く、冷たく研ぎ澄ます。彼らの心臓の鼓動、流れる血の熱さ、次に動かす筋肉の予兆――そのすべてが、透き通る氷のように明確に読み取る。
「二人とも……よく見ていてください!」
最奥で、眉をハノ字に曲げながら此方を見つめる姉妹まで、ちゃんと聞こえるように声を張った。
「え……?」
「……先生?」
剣は腕で振るのではなく―――。
「下段に構える」
腰の回転と―――。
「小指の握りを合わせて」
―――斬!!
目にもとまらぬ氷の刃が、横に一閃。
今回切ったものは空気などではなく、迫りくる刺客を一網打尽に斬り裂いた。




