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剣聖令嬢、ブチ切れる


「俺を、殺してからだなぁ!」


 目の前で、背丈ほどもある長剣が、唸りを上げて振り下ろされた。直後、車両内の景色が一変する。


―――ガァァァァン!!


 轟音と共に、車両全体が大きく軋む。男の一太刀は、私の立つ位置を狙ったものではなく、通路に沿って車両の側壁全てを、横一文字に薙ぎ払う。

 鋼鉄の壁が、バターのように容易く裂け、砕け散った金属片は冷気に触れる間もなくそのまま車外へと弾け飛んでいく。

 切り裂かれた壁の向こうには夕方の街がまざまざと見えていて、もはやこの場所を車両と言うには開放的すぎた。上空の気流が強風となって車内に吹き込み、砕かれた壁の残骸がいとも簡単に剥がれ落ちる。


「対団武装『咆顎の剣』、駆動しろぉ!」


 男の掛け声と呼応するように、剣士としての本能が警笛を鳴らす。


「っ……!?」


 半ば反射的に車両から飛び出し、オレンジ色の空へと身を投げるがーーー、次の瞬間、私のいた場所が爆ぜた。

 いや、車両の後ろ半分が吹き飛んだのだ。不可視の刃によって。


(なるほど……)


 空中へと躍り出たせいで足場がない私は、瞬時に生み出した氷を足場に車両の中へと飛び移る。


「へぇ……器用じゃねぇか。綺麗な顔して意外とやるねぇ」


 山賊みたいな風貌の男は上機嫌に口笛を吹いている。

 『ポム・ド・メール』でゼスィアをバカにした男で間違いない。あの時に背中にぶら下げていた剣が、まさかここまで強力な武器だったとは思いもしなかった。


(あれも、斬撃を飛ばす魔装なのね……)


 最近ゼスィアを狙う輩が持っているダガーとは比べ物にならない。威力も、範囲も、目の前の長剣の方が遥かに高い性能を有している。

 あの剣を振るう方角にいるだけで、ぐちゃぐちゃに切り刻まれてしまう事だろう。


(更にここは空列車の上……、やりにくいわね)


 ただの地上であったのなら、今すぐ山賊男の後ろに回って斬り込めば良いだけ。けれど空列車では地面がなく、避けるなら車両から出なければならない。

 つまり、列車自身が進んでいるぶん敵の後ろに回れない。

 斬撃を氷で防ぐという方法も考えたが、威力からして確実に貫通してくるはずだ。

 どうしたものか……。


「おいおーい。何か答えろよぉ! お前、ケーキ屋にいた女だよなぁ?」


「…………」


 男は暢気に手を振ってくる。相手を見下したような、楽しんでいるような、私の嫌いな口調だ。


「あの時、なんで男に守られてやがったんだ? あんな三下彼氏より、お嬢ちゃんの方が強ぇだろ」


「……あの人だって、強いです」


 私の答えを聞いた男は一瞬驚いた顔をして、げらげらと笑う。


「かははは! おいおい、おめめちゃんと見えてるかぁ? あれが強い?」


「…………」


「あんな情けねぇ腰抜け男を必死に庇ってよぉ……。つまらねぇって思わねぇか? 無能に縋る生き方なんざ!」


「……黙りなさい」


 唇から、自分でも驚くほど低い声が漏れる。

 氷が解けてしまいそうな程に、自分の体が熱かった。理性と本能が叫んでいる。目の前のくそ野郎を、殺してやる、と。


「かは! なに怒ってやがる。悔しいなら言い返してみろ。お前の彼氏が足元に転がって震えてたのは事実だぜ? 剣も振れねぇ、戦う勇気もねぇ、口先だけの『三下』。あんなのが恋人なんて、かわいそうになぁ!」


「……ゼスィア様は強い方です。貴方如きには、一生理解できないでしょうね」


「かっははは! 本当のこと言われたからって怒るなよ」


「気高く、優しいお方なんです。……あの人を、分かった気にならないでください!」


 思わず叫んでいた。怒りのままに。

 こいつに何が分かる? どうして彼は弱くなったのか。どうしてあの場で戦うことを選ばなかったのか。その優しさを、強さを、気高さを……、何も知らないくせに。こいつは……!


「気高い? 優しい? そんなもんがこの世で何の役に立つんだよ! 教えてやるぜ。それは、ただの『負け惜しみ』っつうんだ!」


 その言葉が、私の堪忍袋の緒を完全に引き千切った。


「―――叩き切る!」


「ああ、やってみろ!」


 地を蹴り、一気に間合いを詰める。私の刺突は、音を置き去りにする速度で奴の喉元を狙う。

 だが、その瞬間―――。


「甘ぇ!」


 男が長剣を力任せに横に薙いだ。それによって周囲が引き裂かれーーー。


――ガガギギィィッ!!


 おぞましい破壊音と共に、車両が更に削りとられる。咄嗟に生み出した氷の台座を踏み台にギリギリ斬撃の放射を交わすが、氷はガラス細工のように粉々に砕け散った。

 本来なら物理攻撃に耐性があるはずの極低温の氷ですら、あの破壊剣が放つ衝撃には耐えられない。


(……っ、この間合い……!)


 やり難いにも程がある。

 剣聖として培った技術をもってしても、前へと進み続けるフィールドと、力任せの広範囲攻撃は相性が最悪だ。


「どうしたお嬢様! ご自慢の氷が粉々だぜぇ!」


 空中で氷の足場を作って何とか列車から振り落とされずにいるが、無尽蔵な斬撃の猛攻が続くせいで近づけない。

 既に車両に天井など無く、床も本来の三分の一程度しか残っていない有様。辛うじて回避を続けているが、これでは完全に防戦一方だ。


(……だったら!)


 私はあえて車両には戻らず、足元に氷塊を作ると同時に、直径50㎝程度のつららを前方へ打ち出す。

 弾丸の様に射出されたつららは男へと迫る。


「当たるかよ!」


 しかし、長剣が撃ち落とす。

 更に、すかさず魔装の広範囲攻撃を繰り出される所為で、私は身を翻しながら空中回避を続けざる終えない。


「かははははっ! ぴょんぴょんと、蜻蛉みたいな奴だ!」


 此方はつららを打ち込み、相手は大ぶりの斬撃で打ち返す。命がけのラリーを繰り返しながら、互いに魔装を行使し続ける。

 私が前方車両に行ければ相手の攻撃を封じることができるが、男は刃を飛ばしながら何としても背後を取らせない。

 互いの魔力が尽きるまで続くと思われた打ち込み合いの中、敵は不敵な笑みを浮かべた。


「俺の魔力切れを期待しているなら残念だったなぁ! 『咆顎の剣』の燃費なら、次の駅まで余裕なんだよ!」


 そんなこと、最初から分かっている。

 ただ剣圧を強力な風刃に変えるのに比べれば、私の『空気中の水分を氷へと形状変化させる』方がはるかに必要魔力量は大きい。


「次の駅へと到着すりゃあ、他の車両の奴らも集まってくるぜぇ? さぁあ! どうするよぉ!」


 自分の勝利を確信した顔で、かはははと笑う。


「………………」


 一方で私は、“最後の”つららを打ち込む。


「無駄なあがきだったなぁ!」


 最後のつららを撃ち落とされた私は、もう空中にいる必要もなくなったので列車へと降り立った。


「あ? おいおい、もう飛び回っていなくていいのか?」


「…………」


「それとも、もう! 魔力が無くなっちまったのかぁ?」


「…………」


 スタスタと、無防備に足を前に出して前進。先ほどまでの激しい殺し合いから一転して、いつでも切ってくださいと言わんばかりの振る舞いに、さすがの男も怪訝な顔を見せる。


「……おい。なにしてる? なんでそんな平然と近づいてこれる?」


「後ろ……、見てみたらいかがですか?」


「……は?」


 山賊男は背後に目を向けた。その瞬間、彼の体がピタッと止まる。

 彼の背後にいた部下たちは座っていた椅子ごと凍り付き、叫ぶこともできずに震えていたからだろう。

 そして彼自身も、足元から這い上がった絶対零度の氷に、既に彼の分厚いブーツを、そして長剣を握りしめるその右手を、作り物の様に凍り付かされている。


「……ば、バカなっ!」


 静かに彼の目の前まで歩み寄ると、既に右腕からはミシミシという不吉な軋み音が漏れ聞こえていた。


「よく、聞いてください。貴方の腕は、今や完全に凍結しています。無理に動かそうとすれば、硝子細工みたく粉々に砕けます」


「……っ!? ふ、ふざけるなッ! こんな、こんな氷くらい……!」


 無理やり剣を持つ肩を動かした瞬間ーーー。


「が、あぁぁぁッ!?」


 凄まじい絶叫が車両に響く。

 腕の筋肉が凍りつき、伸縮性を失った状態で無理な負荷をかけたことで、彼の腕からは千切れる寸前の不気味な音が鳴り響いていた。

 剣の重さが、そのまま自らの腕を破壊する凶器へと変わったのである。


「うそ、だ……、俺が、こんな、バカなぁ!?」


 私は蒼氷のレイピアを、その喉元にピタリと突きつける。先ほどまでの狂気的な高揚感はどこへやら、彼の顔は恐怖と激痛で土気色に染まっていた。


「ゆ、ゆるし……て」


 ワナワナと震える男に向けて、この手の剣を振りかぶる。


「……貴方はもう、ここまでです」

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