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雇われ傭兵、楽しくなる


「―――はぁぁぁ、かったりぃな……」


 俺―――ザベルは、無駄に豪華な客室車両のふかふかした椅子に深く腰掛け、愛剣をガタガタと鳴らす列車の振動に身を預けていた。

 元々自警団に属していたが、かたっ苦しい業務に嫌気がさして傭兵団長なんぞをやっている。

 命を取るか取られるかの緊張感、あの神経が疼くようなヒリヒリとした圧迫感、そして相手の命を屈服させた時の解放感が好きだから傭兵になったというのに。


「次はガキ二人分の死亡届を出してこいだと……? 便利屋かなんかと勘違いしてんのか」


 戦場こそが俺の居場所であり、血生臭い剣戟の音こそが俺の心を躍らせる娯楽だ。だというのに、今の雇い主は、この南方の肥え太った豚野郎―――ハーベルナン伯爵。

 出来ることなら今すぐあの肉だるまをぶっ殺してやりたい所だが、いかんせん報酬がうまい。仕事以外は豪遊しても問題ないほどの大金がもらえるから、仕方なく雑用もやっているわけだが……。


「なぁかしら、いつまであのデブのお守りを続けりゃいいんすかね?」


 部下の一人が、向かいの席で退屈そうに鼻をほじりながら零す。


「さぁな。金がなくなるかくたばるかじゃねぇか?」


「うげぇ……、まじすか? アップルパイのお使いの時は、もうやってられねぇって思ったっすよ? あのロリコンじじい、今夜はあのガキどもでハメるみてぇだし、全然くたばる気配しませんて」


「だよなぁ。金が良いからって、人ひとり殺せねぇし、やってられねぇわな。俺たちの仕事ってのはもっとこう……ギラギラした骨のあるやつを相手にしねぇと」


 たった二人のガキを隠すためにわざわざ臨時列車を仕立てて、ビビりなじじいを守るために護衛する。つまらなすぎて欠伸が出る仕事だ。俺が求めているのは、もっと心臓を直接握り潰されるような、圧倒的な強者との立ち合いだというのに。

 さっさと帰って憂さ晴らしをしたくて堪らない。


「いっそ、今この列車を俺達で奪い取っちまうってのはどうすか?」


「かはは! 悪くねぇが、他の車両にいる護衛も十分強ぇ。十人程度の傭兵団でハイジャックできる程、この列車の守りはゆるくねぇのさ」


 だから現状は何もできない。そう自分に言い聞かせながら、少しでも暇を忘れられるように目を閉じた。

 だが、その瞬間。


――パキィン!


 耳障りな、何かが凍りつくような音が後方車両から響いた。


「あぁ?」


 金属が悲鳴を上げ、客室の空気が一瞬で、肌を刺すような極寒に変わっていく。一瞬、車両内の空調管理魔道具が故障でもしたのかとも考えたが、すぐに違うと分かる。

 目の前で起きている冷却現象は、自然で成し得る速度遥かに超えていた。


「……!? なんだ、この冷気は」


 先ほどまで車両内で暇を持て余していた部下たちが慌てて立ち上がり、腰の剣に手をかける。その直後、後方車両へと繋がる重厚な扉が、まるで脆い硝子細工のように内側から粉々に砕け散った。

 氷の霧が渦巻く中、そこから現れたのは、場違いなほどに美しい『女』だった。


「……ガキ、か?」


 俺の目の前に座っていた部下が、間の抜けた声を漏らす。確かにそこに立っていたのは紛れもなく二十歳にも満たない少女。

 ピンク色の長い髪を社内の風にたなびかせ、空よりも深いアイスブルーの瞳がこちらを射抜いている。身にまとっている服は平民らしい、泥の跳ねたワンピース。

 だが、その立ち姿、その瞳から溢れる凄まじい威圧感は、とても町娘なんて呼べる代物じゃない。

 そして、その右手に握られていたのは、もはや現実の物質とは思えないほど透き通った、蒼白のレイピア。それが一目で、実体を持たない純粋な魔力の結晶だと理解できる。

 極寒の冷気を閉じ込めたような氷で形成された細剣は、鍔の部分に鋭いつららが重なり合い、刀身からは常に絶対零度の冷気が霧となって滴り落ちていた。


「…………」


 彼女は一言も発さない。

 ただ、彼女が一歩踏み出すたびに、列車の床が、壁が、天井が、瞬時に凍てつき氷の結晶に覆われていく。


「なんだ、あの女!?」


 部下たちが目の前に現れた謎の襲撃者にざわつく。

 しかし、俺には見覚えのある顔だった。


「……まさか、あの店にいたガキか?」


 脳裏に、数時間前、アップルパイの店で出会った情けない男、そいつが連れていた女の顔が浮ぶ。

 あの時、俺が「三下」と笑い飛ばしたガキを気にかけているような、能天気そうな小娘。だが、今の彼女からは、あの時の大人しそうな雰囲気を微塵も感じられない。

 その眼には明確な殺意。一切容赦のない、決して人殺しでなければ宿らない、深海の様に冷たい視線。


「かはははは……」


 思わず笑いが漏れた。


ーーーなんだよ。


 あの時にもう会っていたんじゃないか。ずっと待ち望んでいた、戦場ですらお目にかかれないような『本物の怪物』に。


「お前らぁ、下がってろ! 死にたくなければな……」


 俺は背中の大剣を引き抜く。掌に伝わる極寒。全身の細胞が、かつてない強敵を前にして歓喜と恐怖で沸き立つのを感じる。ヒリヒリと痛みにも近い緊張感に、アドレナリンが覚醒していく。


「あぁ、いいぜ……。その顔! その眼! 最高に壊しがいがありそうだ!」


 極寒の冷気を纏う氷の女王が、ゆっくりと剣先を俺へ向けた。しかしその眼差しが映しているのは俺などではなく、俺の背後へと続いている前方車両。

 おかげで女の目的も明確になる。


「あの豚野郎がご希望か?」


 娘は答えない。その反応が既に答えだ。


(おいおい、拍子抜けさせないでくれよ)


 溜め息が出る。

 せっかくこれから殺し合おうって時に、なんで俺以外を見ているんだ。まずは相手に集中。

 これは闘いを楽しむための第一条件である。

 だから―――。


「殺すことに異論はねぇけど、まずは……」


 俺は、ピンク髪の女より背の高い愛剣へと手をかけた。そしてその鉄塊を握りしめると、一気に引き抜く。


「俺を、殺してからだなぁ!」


 ジャリィッという重低音が車両に響き、俺の斬撃が車両を切り裂く。周囲の障害物を全て薙ぎ払うように。

 そして宣言する。


「対団武装『咆顎の剣』、駆動しろぉ!」


 鍔に埋め込まれた蒼い魔石が発光して。


―――目の前の邪魔者を無差別に切り刻む。


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