表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたマーガレットはイライラしていたので、イライラ公爵と大喧嘩して、なぜか? 結婚する!  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第6話 子供を授かる

 怒りん坊公爵と笑う令嬢 ― 子供を授かる ―


 春。

 グリムス城の庭に、白い花が咲き始めた。

 マーガレットはその花々を見ながら、穏やかにお腹を撫でていた。


「ふふ……おはよう、あなた。今日も元気にしてる?」

 まだ膨らみ始めたばかりのそのお腹に、彼女はそっと話しかける。

 風に混じって、小鳥たちのさえずりが聞こえた。まるで小さな命の鼓動に呼応するように。


 そんな彼女の後ろから、慌てた足音が響いた。


「マーガレット! 医師を呼んでくるぞ! いや、それとも王都から助産師を――!」

「もう、リボンオ。落ち着きなさいよ。まだ“お産”じゃないの」

「だが、顔が少し赤い! 熱ではないのか!?」

「これは春の日差しのせい! あなたの心配性も呪いみたいなものね」

「ぐっ……!」


 公爵リボンオ=グリムスは、すっかり“過保護夫”になっていた。

 かつて「怒りの公爵」と呼ばれた男は、今や妻のくしゃみ一つにも動揺する始末である。


「昨日だって、“お腹の子が寒くないように”って言って、暖炉の火を一晩中つけっぱなしにしたのよ?」

「当然だ。腹の中にいるのは、我が家の後継だぞ!」

「でも暑くて眠れなかったわよ、わたしが!」

「……すまん」


 マーガレットがぷいっと顔を背けると、リボンオは子犬のように肩を落とした。

 ――昔なら、怒って部屋を飛び出しただろう。

 だが今は、彼女の機嫌を取る術を覚えている。


「……マーガレット」

「なに?」

「パンを焼いた」

「え?」

「焦げていない。今度こそ完璧だ」

「……それは、褒めてほしいってこと?」

「できれば」


 マーガレットはふっと笑い、頬を撫でた。

「よくできました、公爵さま」

「うむ」


 ……まるで、すっかり立場が逆転しているようだった。


***


 ある晩。

 月が白く輝く寝室で、マーガレットが窓際に立っていた。

 夜風にカーテンが揺れる。彼女はお腹を抱きしめるようにして、静かに話しかけた。


「ねえ……あなたが生まれたら、どんな顔をしてるのかしら。

 パパみたいに眉がきりっとしてるの? それとも、ママみたいに笑い顔かしら」


 そのとき、背後からリボンオがやってきて、そっと彼女を抱きしめた。


「どちらでもいい。お前に似て、優しい子なら」

「ふふ。あら、あなたの強さも受け継いでほしいわ」

「いや、怒りっぽさだけは不要だ」

「もう忘れたくせに」


 二人は顔を見合わせ、同時に笑った。

 あの日のように、穏やかで、静かな夜。


「……マーガレット」

「なに?」

「生まれてくる子が女の子なら、俺はどうすればいい?」

「どうすればって?」

「男が近づいたら、全員追い払っていいのか?」

「ダメよ! 将来お婿さんが逃げちゃう!」

「それは困るな……だが、父として簡単に許せるかどうか……」

「ふふ、もう顔が怖い。今から“怒りのパパ”の顔になってるわよ」

「……いかん、呪いが再発したかもしれん」

「違うわよ、それは“親バカ”っていうの」


 マーガレットが笑うと、リボンオは苦笑しながら、彼女の頬に手を添えた。

 手の温もりが、月明かりの中でやわらかく光る。


***


 季節は流れ、夏。

 ある朝、グリムス城に緊張が走った。


「お、おおお奥様がっ! お産のご様子でっ!」

「なに!? すぐ医師を呼べ! 湯を沸かせ! 馬を! いや、馬はいらん! 誰か俺を落ち着かせろ!」

「公爵様が一番取り乱しておられます!」


 執事と侍女が右往左往する中、リボンオは居ても立ってもいられず、部屋の外を何十往復もした。

 途中、扉を開けようとした瞬間、助産師に止められる。

「だめです! 旦那様は外で!」

「だが妻が――!」

「外!」

「……はい」


 結局、彼は扉の前で祈るように膝をつき、両手を組んでいた。

「神よ……どうか、マーガレットと子供をお守りください。焦げたパンはもう焼きません。深夜に暖炉をつけっぱなしにもいたしません。だから……どうか……」


 ――そのとき、中から小さな泣き声が響いた。


「……!」


 リボンオの目が大きく見開かれた。

 その瞬間、扉が開き、侍女が笑顔で告げる。


「おめでとうございます、公爵様! 元気な男の子です!」


「……そうか……」


 リボンオは胸に手を当て、しばらく言葉を失った。

 まるで世界が一瞬、静止したかのようだった。

 そして、ゆっくりと微笑む。


「ありがとう……マーガレット」


***


 数時間後。

 部屋に入ると、マーガレットがベッドの上で小さな赤ん坊を抱いていた。

 その腕の中で眠る子は、リボンオそっくりの眉をしている。


「見て、リボンオ。あなたに似てるわ」

「……本当だ」

 彼はそっとベッドの傍らに膝をつき、赤ん坊の頬に触れた。

 その指先に、確かな命の温もり。


「……生きている。俺たちの子だ」

「当たり前でしょ。泣き声が“ガオー”みたいで、すでに元気いっぱいよ」

「はは……怒りの血が騒いでいるのかもな」

「やめて、それは困るわ」


 マーガレットが笑うと、リボンオの胸の奥にこみ上げるものがあった。

 涙をこらえながら、彼は二人を包み込むように抱きしめる。


「ありがとう、マーガレット。本当に……ありがとう」

「こちらこそ。あなたと出会えてよかった」

「名前を……決めよう」

「ええ。どんな子に育ってほしい?」

「強くて、優しくて、笑顔の似合う子」

「ふふ、それなら“レオン”なんてどう?」

「……いい名だ。獅子のように勇ましく、光のように温かい」


 小さなレオンは、まるでその言葉を理解したかのように、ふにゃりと笑った。


「笑った! リボンオ、見て!」

「……俺の笑顔よりも上手いな」

「当然よ。ママ譲りだもの」

「いや、俺に似ている」

「言ったわね、この自信家公爵!」

「事実だ!」


 言い合いながらも、二人の間には優しい笑いが満ちていた。


***


 数週間後の朝。

 城の中庭に、リボンオが赤ん坊を抱えて立っていた。

 マーガレットが笑いながら声をかける。


「ねえ、公爵さま。あなた、抱っこの仕方がぎこちないわよ」

「……そうか? こうか?」

「それだと首が!」

「ぐっ……この小ささ、どう扱えばいいのだ……」

「優しく、そっと包むのよ。ほら、こうやって」


 マーガレットが背後から彼の腕を直すようにして、二人で赤ん坊を支える。

 腕が重なり、温もりが重なる。

 レオンが小さくあくびをして、すぐに寝息を立てた。


「寝たぞ」

「寝顔、あなたにそっくり」

「それは光栄だな」

「……ほんと、幸せね」

「ああ。怒りで生きてきた俺が、今はこんなにも穏やかだ。

 お前と、この子がいてくれる。それだけで、もう十分だ」


 マーガレットは目を細め、静かに囁いた。

「ねえ、リボンオ。

 あなたはもう、“怒りん坊公爵”じゃなくて――“笑うパパ”よ」


 その言葉に、リボンオは苦笑しながら頷いた。

「なら、お前は“世界一笑うママ”だな」

「うふふ、それも悪くないわね」


 城の鐘が鳴り、白い花びらが風に舞った。

 その中で、三人の笑顔が寄り添う。

 怒りも呪いも、もうどこにもない。

 ただ、愛とぬくもりに包まれた――新しい“家族”の物語が、始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ