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婚約破棄されたマーガレットはイライラしていたので、イライラ公爵と大喧嘩して、なぜか? 結婚する!  作者: 山田 バルス


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第4話 怒りん坊公爵と婚約破棄令嬢の奇妙な戦い

 怒りん坊公爵と婚約破棄令嬢の奇妙な戦い


 マーガレットは両手を腰に当て、金のカールが風に揺れるまま、リボンオをにらみつけた。

「まったく! どうしてあんたって男は、何を言っても怒るのよ!」

「怒ってなんかいない!」

「怒ってるじゃない!」

「怒ってないと言っている!」

 リボンオの額に青筋が浮かぶ。マーガレットは肩をすくめた。

「ほら、声がデカい。完全に怒ってる証拠だわ」

「これは声量の問題だ! 貴族たるもの、堂々と話すのが礼儀だ!」

「へぇ〜、じゃあ礼儀ってのは“怒鳴ること”なのね。知らなかったわ」


 リボンオの頬がピクピクと動く。怒りで。

 マーガレットはその様子を見て、なぜか少しだけ笑ってしまった。

(……こんなに怒ってばかりなのに、どこか滑稽だわ)

 彼女の唇の端がわずかに上がる。リボンオはそれを見逃さなかった。

「なにを笑っている!」

「べつに? 呪いのせいで怒ってるとか言うけど、単に短気なだけなんじゃないの?」

「貴様っ……!」


 床を踏み鳴らすリボンオ。まるで地面そのものが怒りで震えるようだ。

 それでも、彼の怒気の奥に――マーガレットはかすかな影を見た。

 寂しさ。孤独。

 彼の怒りは、何かを守るための鎧のように見えた。


 少しの沈黙。

 リボンオが低い声で言う。

「……俺の家系は、代々“怒り”に取り憑かれている。

 何をしても、何を言われても、胸の奥から煮えたぎるような苛立ちが湧いてくる。

 誰も信じられず、誰も傍に置けない。……それが“呪い”だ」


 マーガレットは息を呑んだ。

 今まで聞いたどんな皮肉よりも、彼のその言葉は重かった。

「そんなの、ひどいわね」

「同情はいらん」

「してないわ。ただ……ちょっと、悲しいだけ」


 リボンオが眉をひそめる。

「悲しい?」

「ええ。だって、あんた、本当は優しい人でしょう? 怒ってる顔の奥で、泣きそうな目をしてるもの」

 その瞬間、リボンオの胸に走ったのは怒りではなく、動揺だった。

(泣きそうな、目……? 俺が?)


 彼は思わず視線を逸らす。

「ふん……勝手に決めるな」

「図星なのね」

「ちがう!」

「怒ってる」

「怒ってない!」

 ――また喧嘩。けれど、先ほどまでと違う。

 二人の間に漂う空気は、少しだけ柔らかかった。


 夜。

 マーガレットは、借りている客間の窓辺に立っていた。月明かりが彼女の髪を銀色に照らしている。

 婚約破棄の夜、泣きはらした目も、今はもう乾いていた。

(あの人……不器用だけど、本気で苦しんでるのね)

 誰かの痛みを感じたのは久しぶりだった。

 そして、奇妙なことに、あの怒りん坊公爵の声が頭から離れなかった。


 一方そのころ、リボンオの書斎。

 机の上には古びた魔導書が積まれていた。

 「怒りの呪い」――家系にかけられた原因を探るため、彼は毎晩のように古文書を読み漁っていた。

 だが、どんな記録を探しても答えは一つしかない。

 ――呪いを解くには、“真実の愛”を得よ。

「……馬鹿らしい」

 リボンオは呟いた。

「愛など、幻想だ。 人は、裏切る。笑う。離れていく」

 けれど――脳裏に浮かんだのは、昼間のマーガレットの笑顔だった。

「泣きそうな目をしてるもの」

 あの言葉が、胸の奥で何度もこだまする。


 リボンオは立ち上がり、拳を強く握りしめた。

(なぜだ……あいつの顔を思い出すだけで、胸が熱くなる)

 怒りとは違う。もっと温かく、苦しい。

 もしかして――これが“愛”なのか?

 自分でも信じられないほど、馬鹿げた感情に震える。

 だが、その夜、彼の夢の中に現れたのは、幼いころの二人だった。


 小さな庭。

 リボンオがまだ少年で、マーガレットが泣き虫だった頃。

『どうして泣いてるんだ?』

『兄さまが、私のリボンをちぎったの……』

 リボンオは、そのとき彼女に小さな布を差し出した。

『じゃあ、これをやる。俺の、リボンだ』

『え?』

『これで泣くな』

 マーガレットは泣きながら笑った。

『ありがとう、リボンオ』

 ――そこから彼は、「リボンオ」と呼ばれるようになった。


 夢の中の彼女が笑いながら言う。

『ねえ、怒らないで。私、あなたの笑顔が好きだから』

 リボンオの心に、暖かな光が差した。


 翌朝。

 朝焼けの中、リボンオは決意したように立ち上がった。

 マーガレットに会わなければならない――そう思った。


 彼女の部屋の扉を叩く。

「マーガレット、起きているか?」

「……何よ、こんな朝早く」

 寝ぼけた声が返ってきた。

「お前に、話がある」

「……怒鳴らないなら、聞いてあげるわ」

「怒鳴らん」

「ほんとに?」

「……努力はする」

 マーガレットは小さく笑って扉を開けた。


 二人は中庭のベンチに並んで座った。

 朝の光が差し込み、花々の香りが漂う。

「で、話って?」

 リボンオは深呼吸した。

「呪いを……解きたい」

「へぇ。それはいいことじゃない」

「だが、方法が一つしかない」

「真実の愛、ってやつね?」

 マーガレットが皮肉っぽく笑う。

「そうだ。……馬鹿げているだろう?」

「うん。かなり」

 そう言って笑った彼女の顔に、リボンオは心を奪われた。


「……もし俺が、“お前を愛している”と言ったら、どうする?」

 マーガレットの笑顔が止まる。

 風の音だけが残った。


「……それ、冗談?」

「冗談でこんなこと言えるか」

「じゃあ、本気で?」

「ああ。お前が笑っていると、胸が軽くなる。お前が怒ると、俺の怒りは消える。……たぶん、これが“愛”なんだろう」

 マーガレットの目が潤む。

 彼女の頬を一筋の涙が伝った。

「……バカね、あんた。そんな呪いより、ずっと面倒なこと言うじゃない」

「そうか?」

「でも――嬉しい」


 その瞬間、風が変わった。

 リボンオの身体から、黒い靄がふわりと浮かび上がる。

 彼の目に宿っていた怒りの炎が、やさしい光へと変わっていく。


「……消えた?」

「ああ。呪いが、解けた」

 マーガレットが笑い、リボンオも笑った。

 二人の笑顔が朝日に照らされ、まるで世界そのものが祝福しているようだった。


 リボンオは言う。

「俺はもう怒らない」

「ふふ、信じられないわね」

「ほんとうだ。……ただ、もしまた怒ったら」

「怒ったら?」

「お前が、笑ってくれ」

「いいわ。でも代わりに、私が悲しいときは、あんたが笑わせて」

「約束だ」


 二人は手を取り合った。

 その指のぬくもりが、どんな呪いよりも確かな“真実の愛”の証だった。

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