第7話:魔王の婚約者って立場、こんなに面倒でしたっけ?
リリア様、今朝のスケジュールは“魔王との並び立ち入城”、それから外交昼食会、午後は使節団への挨拶、夕方から……」
「ちょっと待って。全部カットでいい?」
「できません!」
薬草風呂の湯気の中で、私はぐったりと頭を抱えていた。
ここ最近、私の生活はまったく“薬草”とは無縁のものになりつつある。
「なんなのよこれ。私、癒し手よ? 薬草いじって、湯加減見て、寝て暮らしたいのよ」
「だが、“婚約者”という立場がある。城の公式行事には最低限、顔を出さねばならぬ」
「“仮の婚約”だったはずなんだけど!? ねえ、ジルハ!? そこんとこどうなのよ!」
「……状況が変わった」
「はあ!?」
ジルハは、いつも通り真顔でお茶を飲みながら言う。
「お前が婚約者だと宣言して以降、外交関係が安定し、教会も動けず、城内の治療体制も整った。民からの信頼も厚い」
「つまり……?」
「もう引けぬ」
「くっ、あのとき“うん”とか言った私のバカ……!」
だが、その立場がもたらす影響は、いいことばかりではなかった。
「──リリア様。あなたごとき、魔王の隣に立つなど不釣り合いですわ」
城の回廊で、ひときわ高貴な装いの魔族令嬢が、こちらを睨みつけてきた。
「……誰?」
「この方は、名門グリモワール家の公女にして、かつての魔王婚約候補筆頭──」
「あ、もういい。つまり、よくある嫉妬お嬢さまね。はいはい」
「なんですって!? あなたのような薬臭い人間がっ──!」
──ビリッ。
「……あ、ごめん。怒りで魔力がちょっと漏れた」
「なっ……い、いま、私の髪が静電気でっ……!」
「ふふ。どう? “癒し”って、怒ってもけっこう強いのよ?」
「ひ、ひぃぃぃい!!」
令嬢は、派手な悲鳴とともに去っていった。
「……やれやれ。薬草以外に消耗するなんて最悪」
私は背後に気配を感じ、振り返る。
「見てたのね、ジルハ」
「当然だ。お前の安全は俺の責務だ」
「……あれ? ちょっと声、低めになってない?」
「気のせいだ」
その日の夜、ジルハはぽつりとつぶやいた。
「なあ、リリア。──“仮”ではなく、本当に……俺の隣にいてくれないか?」
「え?」
「演技など、もうしない。お前を見ていると、落ち着く。……力ではなく、存在そのものが俺を癒す」
「……ジルハ、それ、プロポーズ?」
「そう捉えてくれてもいい」
私は、驚いたように彼の顔を見つめた。
魔王ジルハは、どこまでも真剣な目で私を見返していた。
「……じゃあ、考えておく」
「それで十分だ」
魔王の婚約者って立場、想像よりずっとややこしいけど──
でも、この手のぬくもりが、本物なら。
たぶん私の“居場所”は、もうここにある。