第4話:魔王の城に“聖女狩り”が来た
「おーい、リリアさーん、今日の薬湯もうできますかー!」
「おっけー、あと二分。湯に薬草を入れたらすぐよ」
魔王城の一角にある、薬湯の広場。
最近では“癒しの湯”として魔族の間で大流行し、入浴の予約はすでに三日待ちである。
そんな平和な朝だった。
──バンッ!!
薬湯の桶が揺れるほどの音とともに、魔王ジルハが駆け込んできた。
「リリア、今すぐ地下室へ」
「……あんた、城主のくせにノックくらいしなさいよ」
「冗談を言っている場合ではない。“教会の聖騎士団”が来た。お前の存在を嗅ぎつけたらしい」
「……はやっ。何? SNSでもやってんの?」
「知らんが、王都に“追放された聖女が魔族の城で癒し無双してる”って噂が広まったらしい」
「うわ、うざい……」
私はやれやれと薬草の瓶を片付けると、ため息をついた。
「で、どうするの? 逃げる? 戦う?」
「どちらでもいいが、選ぶのはお前だ。……俺としては、隠れてくれた方が安心する」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。
けれど。
「逃げるの、やめとくわ」
「……なぜだ」
「だって私、“治した”だけよ? 誰も殺してないし、呪ってもいない。
追放された理由は“癒しすぎたから”っていう理不尽だった。
それに、“癒された”魔族たちは、誰一人私を拒んでない。
だったら──私はもう、逃げる理由ないわ」
ジルハは一瞬、驚いたような顔をして、それから静かにうなずいた。
「わかった。ならば……俺が前に立とう。お前に触れる者は、この命に代えても排除する」
「……うん。ありがとう、魔王さま」
「……さま付けはやめろ」
「じゃあ、ジルハ。あ、でも畑仕事は続けてもらうからね」
「やはりか」
教会騎士団が城の前に現れたのは、正午ちょうどだった。
黄金の甲冑に身を包んだ者たちが、聖印を掲げて叫ぶ。
「そこにいる“元聖女”リリア・カーネリアン。神の名において、その存在を排除する!」
その前に立ったのは──魔王ジルハ。
「この者は、俺の“専属癒し手”だ。手を出すというのなら、魔族全軍を敵に回す覚悟を持て」
「癒し手など、神の奇跡を冒涜する存在!」
「奇跡? ──人を救うのに、理由がいるのか?」
教会の聖騎士たちが剣を抜く。
だが、次の瞬間。
城の裏手から、ずらりと魔族の民が集まってきた。
兵士、農民、子供──あらゆる種族が口々に叫ぶ。
「リリア様は我らを救ってくださった!」
「腹痛が一発で治った!」
「お肌がツルツルになった!」
「湯の神!」
「嫁にしたい!」
「最後の人、ちょっと黙って」
あまりの支持率に、聖騎士たちの顔が引きつる。
「……我々は、神の意志を──」
「じゃあ、その神は人を助ける力を捨てろって言うの?」
私の言葉に、沈黙が落ちる。
「私は癒しただけ。命を救い、痛みを取っただけ。
それが罪だというのなら──その神の方がおかしいわ」
その瞬間、魔族たちが一斉に武器を構える。
ジルハが静かに命令する。
「引け。今なら命は取らぬ」
教会の聖騎士団は、追いつめられた末に撤退した。
日が暮れて、私は再び薬草を刻んでいた。
隣には、畑を耕しながら鼻歌を歌う魔王の姿。
「やれやれ、今日は大騒ぎだったわね」
「だが、お前は堂々としていた。……人間の中にいた頃より、今の方が強い」
「ふふ、そうかもね。……ありがとう、ジルハ」
こうして私は、“追放された聖女”から、
魔王と魔族に守られる存在へと変わっていた。