第2話:魔王、重症を隠してたって本当ですか?
「動くなって言ったのに」
朝の森。空気が澄んでいて、鳥の鳴き声だけが静かに響く。
その音をかき消すように、木々の間から「ドサッ」と重い音がした。
見れば、魔王がまた倒れている。
「……朝から何してんのよ」
「森を見て回ってただけだ」
「昨日まで瀕死だったのに、何を思って動いたのかしら。馬鹿なの?」
「馬鹿ではない。治ったと思った」
「治してないって言ったでしょ。応急処置よ、応急処置。根本的な治療はまだなのに」
私はため息をつきながら、彼の胸元を開いた。
そこには──ひどい瘢痕が残っていた。
「……こんな傷、どうやったらできるの」
「“神聖術”をまともに食らった」
「なるほど、納得。だから、私の癒しが効いたのね」
魔族は神聖術に弱い。そして私の癒しは、その神聖術を“中和”する性質を持っていた。
つまり、彼には相性がよすぎるほど良かったらしい。
「この傷、普通の魔族だったらもうとっくに死んでるわよ。よく今まで動けたわね」
「……動かねばならなかった」
ぽつりと、魔王がつぶやく。
その顔には、焦りと責任のようなものが滲んでいた。
「俺の城が襲われた。聖堂騎士団が、魔族の村ごと焼き払って……。俺がいなければ、民は不安になる」
「……ああ、なるほど。だから無理して動いたってわけ」
私も、聖堂騎士団には心当たりがある。
聖女だった私が追放された時、彼らは“不要になった存在”に冷たかった。
「で? あんた、それでもまだ“俺が治ったと思った”なんて言い張るの?」
「……すまん」
「いいわ、もう。どうせまた動いて倒れるでしょ。だったら今、ちゃんと治す」
私は、薬草の瓶と自作の調合器を取り出す。
この傷は“魔力反転”を伴っている。表面だけでなく、内部の“魔核”にまで影響が出ていた。
「治療は痛いわよ?」
「構わん。助けられた借りは返す」
私は、彼の胸元に手を当てる。
「……じゃあ、静かにしてなさい。魔王でも泣くくらい痛いから」
そう言って、癒しの魔力を流し込む。
すると魔王の体が一瞬びくりと跳ね、呼吸が乱れた。
「……っ、ぐ……!」
「我慢しなさい。これでも抑えてるのよ」
私は淡々と処置を続ける。
治療は順調に進み、やがて魔王の魔力の流れが安定した。
「……終わったわ」
「……何だったんだ、あの力……。神聖術より……ずっと優しくて、だが……深くまで届く」
「ふふん。これでも元・聖女ですから」
魔王はしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「──名を、教えてくれ」
「リリア。リリア・カーネリアン。今はただの薬草好き」
「そうか。俺は──ジルハ=ヴァルドラ。魔王だ」
「知ってるわよ。で、魔王ジルハ?」
「なんだ」
「……畑、手伝ってもらうからね。体が動くようになったんだし」
「……やはりそれか」
「当然でしょ。薬草生活は体力勝負なの」
こうして私は、魔王を治し、畑仕事に巻き込んだ。
……誰がここまで面倒見るって決めたのよ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
神に嫌われ、人間に捨てられたこの力。
それが、魔族の命を救った──そのことが、少しだけ心を軽くしたのだった。