ご報告
迷宮都市の中の高級住宅地に館の主の家があった。
主の名前はウィスタ。いくつもの店のオーナーをしている富豪らしい。寒村で貧しい暮らしをしていた僕とは雲泥の差すぎるね。
あの館も別邸の一つにすぎないんだって。だからあっさり放棄したんだろうなあ。
幸いにも在宅で、門番に事情を話すと、なんと本人が出迎えてくれた。
「本当にその背中に背負っているのはあの妖刀ですね。まさか回収できたとは!」
「お久しぶりです、ウィスタさん」
アズレアが挨拶をすると、ウィスタは思い出し……あれ?
「ええと……失礼ですがどなたでしたか?」
「ええっ!? あの館で働いていたメイドですよ! ウィスタさんが休暇に来た時に、紅茶淹れたこともあったじゃないですか」
「あれ、そうだったっけ? あはは、いやー、仕事が忙しくて色々ど忘れしやすくてね。ははは」
「…………」
「あはは……ああ、ゴホン。それでですね、館を開放してくれてありがとう。感謝します。お礼といってはなんだけど、その剣は君に進呈しようと思う」
僕は刀を背中越しにちらりと見た。
「いいんですか? 相当……あの、高かったんじゃ」
「まあ、コレクション的には結構な金額だったけれど、館に比べれば安いしね。それに、呪いの装備なら外せないんだろう?」
「それはその通りです」
「じゃあ他に選択肢はないよ。君達パーティは呪いの装備を使えて、こちらは館が使えるようになった。お互いいい取引だ。ははは」
僕はもちろん呪いの装備がもらえるなら嬉しいけど、僕らは成行で一緒に行動してるけど正式なパーティじゃないんだよなあ。
だとしたらアズレアの報酬がなしってことになっちゃうけど。
「アズレア、いいの?」
「全然かまいませんよ。それに気になるなら、また一緒に何か依頼を受けたりして、その剣を使って報酬をどかんと得てください」
アズレアって本当におおらかだよな。細かいことを気にしないというか、太っ腹というか。こういう心持ちになりたいものだね。
「君達依頼を探しているのかい? 冒険者ギルドに所属してるとか?」
僕らのやりとりを聞いたウィスタが尋ねてきた。
「所属してるようなしてないような……まあとにかく冒険者をやってます」
「なるほど、だったらちょうどその剣を使って一稼ぎするチャンスがあるよ」
「本当ですか?」
「近々、大狩猟依頼が行われるという話を耳にした。この前の森の中でモンスターの大量発生した場所があるらしい」
「まさかまた呪いの装備品が?」
「いや……そんな話は聞かないな。誰かの建物ではなく森の広範囲にわたる話だし。自然界ではたまに大量発生はあるからね、頻繁ではないが異例でもない。そうした場合は冒険者を集めて対処するんだけど、モンスターとの戦いが多い分稼ぎも多い。危険も多いがあの館を開放出来た君達ならきっといけると思う。どうだい? やってみるなら、僕からギルドに話してみよう。これでも各方面に顔は利くんだ」
大量のモンスターの相手なら館でやったし、それに実際問題お金は欲しい。仕送りどころか僕の生活費も一週間すらもたないし。
それに呪いの装備を使い込むほどギフトが成長するなら、新たなものを手に入れられない依頼だって、いい効果があるしね。
「アズレア、もちろん……」
「やりましょう、エンジュ」
「よしきた、では早速ギルドに連絡してねじ込んでおこう。話がまとまったら君達の宿に人をよこすよ。果報を寝て待っていてくれたまえ」
大狩猟依頼が決行されたのは、館での出来事の翌日のことだった。
ウィスタの使いの者が翌日の朝にもう来たから驚いたよ。やっぱりいくつもお店をやってる人っていうのは行動が早いんだね。僕もチャンスを逃さないよう見習わないと。
まあ、でも少しくらい休ませてくれてもいいんだけどなあとは思ったけど……まあ、何もないよりいいんだから文句を言っちゃいけないね。
僕とアズレアは使いの者から話を聞くと、どんよりした曇り空の下へすぐさま出かけた。
集合場所は迷宮都市南の森外れ。
到着すると、すでに武器を装備した人達が何人も集まっている。
うーん、なんか視線が気になるなあ。こっちをチラチラ見てるような。
まあ気にせず待っていると、人が増えてきた。
20人以上はいるかな、それぞれ数人のパーティで来ているらしい。
「皆集まったな!」
一人の鈍色の鎧を着た女の人が声を出した。
他の冒険者とは毛色が違う。なんというか、お堅い感じっていうのかな。背筋がしゃんとしてて、冒険者らしいふらふら感がない。
「今日はこのエルド大森林に大量発生しているモンスターの討伐を行う。大量発生のエリアと出現モンスターはすでに渡した書類の通りだが、重ねて言うとギガントスパイダーが特に多く発生しているため注意を払うこと。糸を見たら警戒を怠るな。尚この仕事は迷宮都市クザヤ領主館によるものであり、都市騎士サラ=フランベルグが監督する。都市を守るためのものと心得、一所懸命に励むように!」
よく通る声で檄を飛ばすが、冒険者たちはあまり真面目に聞いている様子はない。
だらだらと私語をしているパーティもいる。
「へっ、いつもながら騎士団の連中はやかましいな」
「そんなに力まなくても倒しまくってやるよ、大量発生中のモンスターは魔力を貯め込んでるからな、倒せば体内の魔石ゲットチャンスだ」
「そうそう。依頼の報酬と魔石で二度うまい。モンスターが増えてたのは知ってたが、依頼が来るまで待っててよかったぜ」
なるほど熟練冒険者ともなると、そこまで予測して動くのか。
たしかに普通に倒すより2倍美味しいな、ちょっとせこいけどこのテクニックはメモしておこう。
「なー騎士様ぁ」
私語をしていたパーティの一人が騎士サラに声をかけた。
「どうした」
「頑張るのはいいんだけどよぉ、そこのやつなんとかしてくんね?」
その冒険者が指差したのは、僕。
「そいつクソみてぇな装備してるじゃねえか。ああいう呪われた奴がいると縁起が悪くてたまんねぇよ。俺まで呪われて死んじまうかもしれねえ」
「問題はない。彼は呪いを制御できていると、推薦者から話を聞いている。そうだろう?」
「あ、はい。ギフトで呪いの悪影響はないので大丈夫です」
「うるせえ! ガキが俺に意見するのか!? 縁起が悪いし気味も悪いんだよ! なあみんな? こんな奴と一緒にやりたかねえよな! 外してくれよ騎士サマ」
その冒険者に同調するように頷く人がたくさんいるけど、騎士は微動だにせず返答した。
「貴様に人選に口を出す権利はない。受けた仕事をこなせ」
「……ケッ! 気に入らねえな、ふらっと冒険者ギルドに現われたばっかりの新入りが、俺と肩を並べて戦おうなんて。俺から離れたところで狩ってろよ、呪い野郎」
ああ、思い出した。
僕が初日にギルドにいって追い出された時にこの人いた。
あの時からずっと嫌われてるみたいだ。
無理に連携とろうとしても逆に崩れて危なくなりそうだし、いつものパーティで動けばいいよね。狩猟エリアは十分広いし、顔を合わせずやることもできるでしょ。
「無駄口はすんだか? それでは開始だ。日没までにできる限り多くのモンスターを狩ること! 散れ!」
騎士サラの号令を受け、冒険者たちは三々五々に散っていく。
僕に絡んで来た冒険者も「はっ! いい気になるなよ!?」と捨て台詞を残してパーティの3人と森の中に入って行った。
「じゃ、僕らもいこうか」
「まったく、失礼な人が多いですね。いくら人道に反する武具を身に着けてるからって、ひどい言い草です」
「あまりカバーになってない気がするよアズレア」
どこから攻めて行くかなど話しつつ、僕らも森に入っていこうとしたが、その時、騎士サラが声をかけて来た。
「君達はまだ冒険者になって日が浅いそうだな」
金色の髪は高く結ばれ、兜の隙間からふわりとポニーテールが揺れていた。緑の瞳は澄んでいて、まっすぐこちらを見ている。真っ直ぐで迷い無し、そんな目で。
鎧の下にはぴたりと体に合った黒のインナー。その格好と天を向いた槍の穂先に、熟達の感があって格好いい人だ。今日集まった人の中でも一際鮮やかに見える。
「はい。だけど頑張ります」
「ああ、その意気込みで頼む。実力はウィスタ殿の推薦ということだから大丈夫だろうが、何かあれば遠慮なく私を頼れ。私は緊急時のためここに待機しているから、手が出せない強敵などいれば呼んでくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
「私も頑張ってきます」
「ああ、頼んだぞ。…………ん? 君は? どこかで会ったことがないか?」
アズレアに顔を近づける。
どんどん近付いて来てアズレアも近付いてサラの顔を見つめる。
「うーん……? ごめんなさい、記憶にありません」
「そうか……いや、いい。自分も誰かと思い出せないのだから、多分気のせいだろう。どこかで似た顔を見たのだ。引き留めてすまなかった、健闘を祈る」
敬礼するサラに見送られ、僕らは森の中に入って行った。