魔住む館
「一体そっちに行きました! エンジュ!」
「何体いるんだ本当に!」
薄暗い館の中で、中身が空っぽの鎧騎士が僕に斬りかかってきた。
『負の連鎖』で剣を受けると、黒い爪痕が鎧騎士を攻撃して削り取るが、しかし鎧だけあって決定打にはならずさらに攻撃してくる。
僕は再び防ごうとして……その場を飛び退いた。
横からさらにもう一体の空っぽの鎧騎士が斬りかかってきたのが『ヘクトアイズ』で見えたからだ。いくら盾が高性能でも同時に二箇所は守れない。
「大丈夫ですか! 『粘着粘土』!」
アズレアが魔法を唱えると、奇襲してきた鎧騎士の足元が粘着質な泥で覆われ絡め取った。これなら一対一に持ち込める。
自由な方の鎧騎士は攻撃してくるが、一人だけなら盾で防ぐことができ、徐々にダメージを蓄積させていくことができる。そして数太刀攻撃を受け続け反撃し、僕も拙いながらブロードソードでの攻撃を加えると、ようやく鎧が割れて鎧騎士のモンスターは崩れた。
「『ロックスピア』!」
その頃、動きを止めていた鎧騎士の胸に石の槍を突き刺して、アズレアもモンスターを倒していた。
「ふう、なんとかなったね。それにしても、こんなにモンスターが多いとは」
今倒した2体以外に、館のホールには10体近い動かなくなった壊れた鎧が散らばっていた。全部僕らを襲ってきた動く鎧のモンスター、リビングアーマーの成れの果てだ。
「本当に。まさかここまでとは思いませんでした。あの人のお願い、思った以上に大変そうです」
ガチャ……ガチャ……。
金属が擦れ合う音に、僕達は振り返る。
新手のリビングアーマーがこちらに歩いてきていた。
「始まっちゃった以上はやるしかないね。まだ魔法はいける? アズレア」
「まだまだ魔力は超たっぷりです。切り抜けましょう!」
まだまだモンスターとの戦いは終わらない。
あの時――安請け合いしたけど思ったより重たい案件だったみたいだ――。
数時間前。
親切な宿の主人のおかげで泊まれた宿で迎えた朝、その主人が作ってくれたミルク粥と林檎の朝食をアズレアとともに食べていた。
「朝食つきっていうのはいいね、アズレアの紹介ナイスだよ」
「ありがとうございます。宿泊料金は良心的なのに朝食まであるのは嬉しいですよね」
「そういえば、昨日何かいい話があるって言ってなかった?」
「覚えててくれました? 私は忘れてました」
「おい」
「えへ、冗談ですよ冗談。……実はですね、エンジュ向けのナイショの話なんです」
「僕向け?」
アズレアは身を乗り出し声を潜める。
「町の南に湖があることは?」
「知らないなあ、そんなのあるんだ」
「森の中に小さな湖があるんです。そのほとりにお屋敷があって、昔私はそこで働いてました」
「え、そうなの?」
「メイドさんしてたんですよ」
へー、知らなかった。
まあ僕より少し年上っぽいし、労働経験あるのもさもありなんか。
「それがなんで冒険者に?」
「そこなんです。実はその屋敷に出たんですよ」
「出た? 何が?」
「お化けです」
アズレアは手をだらんとさせてぷらぷら揺らす。
「また古典的なお化けだね」
「まあ、霊系のモンスターですね、正確には。ある時からそんなモンスターが館の中に大量にわくようになったのです。どうにもならず、主は館を放棄して、館で働いていたメイド達も大量解雇されたんです」
「あ、もしかしてそれで?」
「はい。私が冒険者をやることになったのはそれからです」
「まさかの過去だった。だけど、その話が僕向けってどういうこと?」
「……そのモンスターが湧くようになったのは、館の主がある道具を買って、飾ってからだったんです。見るからに不気味だけれど不思議と吸い込まれるような魅力を感じる刀身で、主は満足していましたけれど、それからしばらくしてモンスターだらけに」
「なるほど、そういうわけね。完全に理解できたよ」
きっとそれが呪いの剣だ。
装備してなくても働くほど強力な呪いの効果か、あるいは呪いに引き寄せられてモンスターが集まってきたか、いずれにせよ呪われてるには違いない。
だから僕にいい話しがあるって言ってたんだ。
「それを話してくれたってことは……」
「行きましょう。お化け退治です!」
そうしてアズレアと僕は湖畔の館にやって来たのだった。
館の一番奥の地下室がコレクションルームであり、呪いの剣もそこにおいてあるということなので、モンスターを倒しながらそこを目指すのだ――。
――と意気揚々と館に入るやいなや、モンスターの集団に襲われたというわけ。思ったよりずっと多い数にだいぶ手間取ってしまった。
呪いの盾の能力の性質上、攻撃>防御のモンスターには強いけど防御>攻撃のモンスターはなかなか倒すのに時間かかっちゃうんだよね。
もしここにあるのが呪いの剣なら、攻撃力を高めるために是非とも手に入れたいとますます思うようになったよ。
「じゃ、先に進もうか。それにしてもすごいねアズレア。あんな固い鎧のモンスターを魔法で貫くなんて」
「もしかして私、結構才能あるのかも? なーんて、土魔法は当たれば威力が大きいんです。そのかわりに速度は控えめですけど、ゆっくりで固い相手は相性よしですね」
「なるほど。アズレアのギフトって、土魔法なの?」
「『大地の加護』が私のギフトです。魔法以外でも地面や土に関するもの全般が強化されて耐性を得る、というものなので色々な魔法が多少使えた中で、土魔法を訓練して伸ばして行ったんです。パワーがあって楽しいですよ。あ、あのドアです」
ロビーの奥のドアを開けると広々とした廊下があった。「この突き当たりを右に入った部屋の奥にコレクションルームへの階段があります」というアズレアの言葉に従い廊下を歩いて行く。
ボッ。ボッ。
なんの音だ?
何かが燃え上がるような……。
「エンジュ、ランプです!」
廊下の灯りとして配されているランプが一斉に勝手に灯り、炎が笑った口のような形に燃え上がっている。
今度はこれが僕らの相手か。