流儀
宿は迷宮都市クザヤの東の方にあるということで、西から東へと伸びる目抜き通りを案内されていく。
町に来てすぐに儀式をしてダンジョンに行ったからあまり見てなかったけど、本当に賑わってる町だなあ。地元のネヴァンス村とは大違いだ。
「見てください、屋台がありますよ。いい時間ですし食べませんか」
目抜き通りには両サイドに屋台が並んでいる一角があった。
串焼き肉にドーナツ、ピザや焼きパスタなど見ながら歩いてるだけで涎が出そうだ。
まずは串焼き肉を……口にじゅわっと広がる肉汁。
そしてソース味でタマネギが大量に入った焼きパスタ……ソースが焦げた香りが最高。
ご飯を食べた後は、デザートにフルーツ串を売っている屋台に目が行く。
「まあ……初ダンジョンだったし、ちょっとくらい贅沢していいよね」
「贅沢はやるときはやった方がいいんですよエンジュ。食べちゃいましょう」
「じゃあ買っちゃおうか。……これは!」
「はぁん美味しいです」
メロンにスイカにモモなど、どれも氷魔法で作った氷で冷えていて、甘くて、一日ダンジョンを歩き回った疲れが秒で取れてしまった。
「ふー、美味しかった。すごいね迷宮都市って、食べ物もこんなに色々種類があるなんて」
「はい。特にあのスイカは超おいしかったです。これもここで冒険者やる楽しみですよね。あ、ここが宿ですよ」
宿屋は目抜き通りから路地裏に入って少し進んだ場所にあったけど、結構年季の入った作りだね、これ。
でも逆に安心したかな、宿泊料金はそんなに高くはなさそうだから。
「ただいま戻りましたー」
「あ、アズレアさんお疲れ様で……ひっ、うわあ! な、何者!?」
アズレアがドアを開けると、玄関掃除をしていた従業員が驚いて目をかっと見開く。
もちろん視線は。
「僕のことですよね?」
「ごめんなさいごめんなさい、驚いてすいません謝りますだから私の目ん玉取らないでください」
目線を僕の兜に向けて従業員が早口で繰り返している。
「そんなことしませんよ」
「じゃあ……」目線が盾に向いた。「顔面剥がされるんだぁ……」
もうおしまいだあ……という絶望の表情になる従業員。
僕はこの人にどう見えているんだろう。……普通に悪魔か。
「従業員さん、しっかりしてください! 彼はそんなことしません。ただ気持ち悪い装備を身に着けてるだけです!」
アズレアがカバーしてくれたけど、カバーなのかな? うん、きっとカバーだ。
「そ、そうなんですか? でも、うーん。でも、泊まってる冒険者さんの噂話で聞いたことあります。おぞましい呪いの装備があるって。その人が身に着けてるのって、それですよね? そんな呪われた人を泊めたらうちにも呪いがきそうでちょっと……アズレアさんはもちろんいいですけど……」
「そんなこと言わないでください! エンジュはいい人です、私も助けてもらいましたし、ダンジョンをパーティ組んで攻略したけど、悪いことなんて起きませんでしたよ。ギフトで呪いを無効化できるんです、エンジュは!」
「でも……」
議論を遮ったのは、低く重い声だった。
「何騒いでやがる」
宿の奥から白髪交じりの鋭い目つきの男がやってきた。
体は大きく腕まくりしたところから見える腕は太く、姿を現しただけで空気が引き締まるような、そんな人だ。
「あ、旦那! いえこちらのお客様が……どうみても呪われてるのに泊まりたいと言っていて、でもやっぱりちょっとまずいじゃないですか……」
旦那ってことはこの人が宿の主人なんだね。
鋭い目つきで僕をガン見して来てる。何もしてないのに緊張するよなあこういう視線。
「一つ聞くが……呪われてたって夜は寝るんだろ」
「え? はい、もちろん寝ますけど」
「だったら泊まってけ。寝てえ奴を寝かしてやる、それが宿の流儀だ」
「えっ……」
「なんだ? 泊まらねえのか?」
「い、いえ、ありがとうございます!」
「よし。おめえは部屋の準備しとけ!」
従業員に言いつけると、宿の店主はまた裏に引っ込んでいった。
「助かりましたね。よかったです」
「うん。なんとか無事に泊まれることになった。アズレアがここ紹介してくれてよかったよ。他のとこなら門前払いだったかもしれないし」
「あの宿のおじさんいい人ですよね。じゃあ、部屋に行きましょ」
僕たちは各々の部屋へと入った。
小さい部屋に粗末な調度品が置いてあるだけだが、清掃は行き届いていて快適に過ごせそうだ。
「ふう……やっと一息付けたかな」
今日一日、怒濤のように色々あった。まさかこんなに呪いとともに過ごすことになるなんて。
結構いろんな人から呪いのことでシャットアウトされちゃうのは困るなあ。
しかもただ嫌がられるだけじゃなく色々利用できなくなる実害もあるし。
呪われたものの宿命なのか、これが。
でも僕はこの呪いの力を使ってやっていくしかないんだ。
もう人からの視線は耐えるしかないね。耐えて耐えて、呪いとともに生きていく。
「そう思うとアズレアと会えたのは幸運だったな。あ、そういえばアズレアが何か話があるって言ってたっけ。でも今日はもういいか、どうせ何聞いてもあとは寝るだけなんだし。明日また聞こう」
さすがに体は疲れきっていたみたいだ。
ベッドに転ぶとすぐに、僕はまどろみの淵に沈んでいった……。