初凱旋
「少し慣れてきましたけど、本当に魔法使っていいんですか?」
「うん。あの岩を飛ばすやつをお願い」
僕らはヘクトアイズの性能を確かめるテストをダンジョン内で決行している。
アズレアが魔道書を左手に持ち、岩石弾を僕に向かって発射するとヘクトアイズを装備した僕の目は、岩石弾の動きを克明に捉えた。単なる視力だけじゃなく動体視力も上がっている。
さらに、その軌道までもが『視えた』。
ヘクトアイズが捉えた岩石弾の動きから、着弾までの軌道を正確に予測できてしまう。その予測にしたがって軽く体をずらせば……うん、避けられた。
あ、今は盾は使ってないよ。アズレアに反射しちゃうから。
「わ、本当にあらかじめわかってたみたいに避けられましたね」
「このヘクトアイズの力、本物だ。そして反転した呪いの効果もわかったよ」
「いつの間にです?」
「たった今。岩をかわすとき、すごく軽やかに動けたんだよ。僕は元々身体能力が特別高いわけじゃないのに、いつもより素早かった。それはきっと『呪いで動けなくなる』効果が反転して、『呪いで動きが身軽になる』になったからだ」
「ふむふむ、動きを抑制する反対ってことですね」
「うん。これなら予測を元に回避するのでも盾で防御するのでも、間に合わせられる。不意打ちや見辛い脅威にも気付ける。万全だ」
「いいもの見つけましたね! ……性能は」
「見た目は?」
「ますます禍々しくなりました。頭には目玉、手には顔の皮……もう悪魔とか魔王とかそういう人のセンスです」
反論の余地なし。その通りでございます。
でもまあ、役には立つからね。これでこのダンジョンも,他の冒険もやっていけるよ。ここを見つけてくれたアズレアにも感謝だね。
そのアズレアが身に纏っているのは、刺繍の施されたタイトなローブ。魔術的な意味がありげな刺繍で、多分魔法使い向けの装備の気がする。
無駄のないシルエットは彼女の細身の体を柔らかく縁取り、ダンジョンの中でも動きやすそうだ。
魔法使い系冒険者、僕が魔法が使えず盾持ちで守りに強いので、図らずもバランスのいいパーティになったね。
「じゃあ、さらに強くなれたことだし、ダンジョン探索再開しよっか」
「はい、行きましょうエンジュ」
僕らは『青火の迷宮』の探索を再開した。
通路を進み、小部屋を見て、道を曲がり、また通路を進み、としていると魔石がいくつか見つかった。ダンジョンの石床から結晶が生えるようにしているのを採取していく。
魔石あるところにはモンスターも大抵いるけど、それはもう今の僕らなら楽勝だった。アズレアもこのダンジョンの普通のモンスター相手なら土魔術で圧倒している。
その日一日中探索をして、魔石を荷物袋がぱんぱんになるまで集め、さらに青水晶の杖、魔道師用のローブ2着、ブロードソード、魔石入りスリッパなどの装備品も手に入れた。
僕達に使えそうなのはブロードソードと魔道士用のローブくらいで、他は使い慣れてなかったり性能が低かったりで使い物にはならない。まあ、売ればお金になるから全然いい。
「やりましたー、無事に生還しました!」
地上にでると、アズレアがうーんと伸びをしている。
つられて僕も深呼吸をすると爽快だ。ダンジョンの中とは空気のおいしさが違う。
「初ダンジョンうまくいってよかった。アズレアのおかげだよ」
「それは私の台詞ですよ。というか初だったんですか? それなのにとても落ち着いてましたね、平常心ですごいです」
「うーん、そうかな? まあ、あんまりじたばたしない性格だからなあ。それじゃ、もう町に帰るよね」
「はい。色々あって疲れましたし、ゆっくりしましょう……あ、でも」
「どうかした? 微妙な表情してるけど」
「うーん……いえ、帰りましょう。魔石買い取りとかしてもらわなきゃいけませんからね!」
心配事を振り払うように、アズレアは明るい声で町へと進み始める。
僕も帰ろう、迷宮都市へ!
「ひぃぃぃぃぃ!」
「目玉! 目玉があああ!」
「悪魔だ! 目玉を抉るアイデビルだ!」
冒険者ビルドに入った僕を迎えたのは恐怖にひきつった叫び声だった。
やっぱりだめでした。
この前よりさらに酷いことになってるもんね。
ちらりと横を見ると、アズレアが俯いていた。
「ギルドの猛者ならもしかしてと思ったんですけど、やっぱり呪い人間として怖がられてしまいましたね……」
「怖がられてというか忌み嫌われてというか。気持ちの問題だけならいいけど、ギルドを利用できなくなるのは困るんだよね」
「そうですね。依頼を受けたり、情報を入手したり、ダンジョンで見つけたものを売ったり、出来なきゃ困ることは多いです」
「そこで、ダンジョンで僕が言った後からのお願いを使わせてもらうよ。ギルドで色々やるの、アズレアに任せたいんだ」
「…………」
「アズレア?」
「もっと大層なことをお願いされるのかと思っていたら、超ふつうでした。もっと欲張ってもいいんですよ?」
「といわれても特に他にして欲しいこと思いつかないしなあ」
「冒険者なのに無欲ですね、エンジュは。……でもそういうのいいと思います。じゃあ魔石を売ったりしてきますね! 外で待っててください!」
アズレアは魔石が満載の袋を僕から受け取り、受付へと向かっていった。
僕はそれを見送りつつ、ギルドの外へと出て行った。
しばらくするとアズレアが硬貨の入った袋を持って出てきた。
ホクホクした顔してるから、いい値で魔石を買い取ってもらえたみたいだね。
「エンジュ、いい知らせですよ」
「魔石が高かったんだね」
「いえ、違います」
「じゃあ何で喜んでるの?」
「エンジュ向きの話があったってこと、思い出したんです」
僕向きとは?
「あ、その前に魔石のお金をわけましょう。忘れないうちに。買い取り価格は普通でしたけど、量が量ですから十分いい稼ぎになりましたよ」
すごい、2000ピゲルくらいある。
半々でこれならとても良い成果だよ。ダンジョン初回にしては完璧に合格点だ。
「だいぶ儲かっちゃいましたね
「うん、よかった。これで今晩野宿しないですみそう」
「そんなカツカツだったんですか?」
「田舎からここに来てギフトの洗礼の儀式受けるのに貯金全部つかっちゃったから。今日稼げなかったら詰んでたかも」
「い、意外に大胆不敵なんですね。でもよかったです無事に今日の夜を迎えられて。あ、じゃあ泊るところも見つけてないんですよね。私がお世話になってる宿があるんですけど、どうですか?」
「値段が安いならもちろん教えて欲しいな」
「それはご心配なく! 私も新人冒険者ですし。じゃあ、ご案内しますね」