モンストラスバトル
「まずい」
「何が見えたのですかエンジュ」
「プータが食べられちゃう」
「えっ!?」
僕が視線を飛ばすと、蜘蛛の糸で縛られたプータの前で冒険者が蜘蛛人間に食べられているシーンが見えた。このままじゃ次はプータだ、急がなければ。
「人間はもう食べられてる! あっちだ! 行こう!」
「え? 人間はもう食べられた? ええー!?」
驚いてるけど落ち着いて説明してる時間はないんだ、とにかくそこに向かわないと。情報共有は走りながら!
「ねえ、アズレア、上半身が青い女の人で、下半身が蜘蛛になってるモンスターって知ってる?」
「上半身が女で下半身が蜘蛛。……それが見えたんですか?」
「うん。視線を飛ばしたらちょうどそれが人間を食べてるシーンだった」
「聞いたことがあります、アラクネという上半身が人間で下半身が蜘蛛のモンスターがいると。強力な糸を操り、また蜘蛛の体は鎧にも槍にもなる頑丈さで、かなり難易度の高いダンジョンで始めて姿が見られるモンスターだって」
「そんな強いのがいるなんて話と違わない?」
「超違いますよ! ……大丈夫でしょうか?」
「わからないけど、行かないわけにも行かないしね」
「それはそうですけどお。……あれですねっ!」
「間に合わせ……るっ」
ぬかるんだ泥や茂みや木の枝で歩きにくい中で、ヘクトアイズを使って一番スムーズに走れる場所を調べる。
コースが……見えた!
「まずいです、もう前の獲物を食べ終わってプータちゃんが狙われてます!」
まさにアラクネが牙を小さなドラゴンに突き立てようとしたところに、飛び込みながら妖刀を振り払った。
「ギッ!」
アラクネは僕の剣に気がつき素早く牙を引っ込めた。残念、先制攻撃はできなかったか。
でも、プータは無事だ。
「はあ、はあ。なんとか追いつきました」
遅れてアズレアが到着。
「こいつは僕が相手をするよ。アズレアはプータを周りから守ってちょうだい」
「周り? わっ、ギガントスパイダーがいっぱい!?」
アラクネの子分らしい、ギガントスパイダーが集まって来ている。
一人で両方相手するのはちょっと大変そうだし、アズレアにお願いしたい。
「いけそう? アズレア」
「頑張って倒しながら、ここから離脱します! でも、きっとアラクネ一体の方が手強いです、エンジュこそ気をつけて!」
「うん。じゃあお互い頑張ろう」
プータを縛る蜘蛛糸を切ると、アズレアが解き一緒に離れていく。「ロッククラッシュ!」とギガントスパイダーを倒しながら。
もうギガスパは何匹も倒してきたし、あっちはなんとかなると信じて。
「初見のモンスター、僕の方こそ頑張らないとね」
呪いの盾と剣を構え、人蜘蛛の化け物と僕は向き合う。
蜘蛛糸が来た!
先制攻撃はアラクネ。口から蜘蛛糸を吐いてくる。
これは攻撃というより拘束だから盾で受けてもあまり意味がないかな、剣で切るのと避けるので対処。
……いや、避けてちゃだめみたいだ。
避けた蜘蛛糸は周囲の木や枝にくっつき、トラップになっていってる。時間がたてばたつほど僕の動ける範囲が狭まっていく。
こっちからも攻めていかなきゃだめってことだね。
じゃあ、相手の動きをよく見て……妖刀で切る!
相手は蜘蛛の下半身の足で迎え撃つが、視えてるよ。
まずは盾で受けて……いや一本じゃない、蜘蛛らしく多数の足で同時に攻撃を仕掛けてこられると、全ては受けきれない。
僕は剣を振り牽制しながら、いったん退いた。
このモンスター、かなり堅実だね。離れると糸で行動範囲を狭め、近付くと多数の足でカウンターに徹する。自分から積極的には距離を詰めてこない。我慢強い狩人だ。
時間が経つほど糸が増えて不利になっていく……でも、今日の僕にとっては時間をもらえるのは逆に良い。
「――ほら、効き目が出てきた」
僕の体が光りを帯びてきた。
……ような気がする。
まあ光は気のせいかもしれないけど、でも僕の体の中では確実に変化が起きていた。
自分の体じゃないみたいに力が漲ってるんだ。筋肉に少し力を入れるだけで、限界まで縮めたバネみたいにエネルギーが溜まった状態になるのを感じる。
これなら……突破できる!
向かってくる糸をかわし、僕とアラクネの間の糸をジャンプで飛び越え、一息で接近した。アラクネの人間の顔の目が大きく見開かれる。
さっきより早いからね。
近付かれたアラクネは多数の鉄のような外殻で覆われた足で、僕を突き刺そうとしてくる。この多数の足にさっきは対処しきれなかったけど、今回は、いける。
さっきより格段に体を動かせる。多数の足の連続攻撃を盾で受け、剣で裁き、体で避けきれる!
剣で切った足先が切れ、盾で受けた反射もまた足に襲いかかり外皮を貫き、紫色の体液が飛び散った。
シィィィィという声をあげ、女の顔が怒りに歪む。
そしてこれまでと違う動きをとった。
人間の体の方の手を組んだのだ。
何か来そうだ…………雷!?
青紫色の電撃の矢が幾本も飛来してきた。
速い! でも今の僕なら!
その瞬間、閃光が両者の間で瞬いた。
そして僕とアラクネは共に電撃を受け、体が麻痺していた。
雷速の攻撃全てを防ぐことはできなかったけれど、一部は盾受けが間に合い反撃したんだ。だから、こっちが麻痺したところを攻められずにすんだ。
いや、むしろ痺れからの回復は――。
「僕の方が先だ。魔法まで使うとは思って無かったけど、このチャンスに決めるよ」
僕は妖刀を一気に蜘蛛の頭に突き刺し――痺れて動きの鈍くなった足は間に合わなかった――そのまま一気に斬り上げる。
固い、けど手応えはあった。
「シィィィィィィ!!!!!」
紫色の体液をまき散らし、耳がキーンとする叫びを上げながら、アラクネは地面に崩れ落ちた。
「……ふぅ、結構危なかった。これまでで一番強かったよこのモンスター」
《妖刀カニバル》の反転した呪いがなかったらやられてたのは僕の方だったな。
人肉からしか養分を得られなくなる呪い――それが反転した、魔物の肉から過剰な養分を得ることができるという呪いがね。




