ノロイライフ
「あと少しで迷宮都市クザヤだ」
街道の先を見据えて僕は呟いた。
このアッシュフォーク王国では15歳になるとギフト――人の中に眠っている天から授かりし力――を目覚めさせる儀式を受けることができる。
その儀式を受けるために僕は今、大神殿のある迷宮都市クザヤに向かって歩いていた。
故郷の村からは普通は馬車で行く距離なんだけど、儀式を受ける費用のために硬貨一枚も無駄にできないから徒歩で何日もかけてきている。
でも、いよいよあと半日くらいのとこまで来た。
「最後の休憩取ろうかな。そしたら後はノンストップでクザヤを目指そう」
僕は一休みするために森の日陰に入った。
――その瞬間、ゾクゾクするような寒気が背筋を走った。
なんだこの気配――あれ、かな?
周りを探すと朽ちかけた木の祠が森の中にひっそりとあった。
近付くにつれ、纏わり付くような寒気が強くなっていく。
これは、これはいったいなんなんだろ――。
「って、何やってるんだ。危ないとこだった、僕の目的はギフトを授かることなのに、こんな不気味なものに近付いちゃだめだ」
触らぬ神に祟り無し。
僕は怪しい祠を無視して迷宮都市への道程を再開した。
あと少し、頑張って行けば明るい未来が開けるんだから。
「次の方、どうぞ」
神殿の奥、洗礼の間へと呼ぶ声が聞こえた。
「エンジュ=シャード。15歳。ネヴァンス村の者で間違いないな」
「はい、間違いありません。よろしくお願いします」
「うむ。それではこの水面に手をぴったりつけなさい」
祠を無視したおかげかはわからないけど、僕は無事に迷宮都市に到着し、神殿でギフトを授かる洗礼の儀式を受けられることになった。
指示に従い水を張った水盆に手のひらをつけると、神官が呪文を唱えていく。
絶対にこれで、いいギフトを手に入れるんだ。
僕の故郷ネヴァンス村は寂れた寒村で、村には仕事などなく、次男の僕は畑も継げないし外に出て仕事を探さなきゃいけない。
だから10歳の頃から、木彫り細工をしたり薬草を摘んで旅人に売って少しずつ小遣いを貯めてお金を作ってきた。いいギフトを授かって、いい仕事に就かなきゃいけないから。
できれば……冒険者に向いたギフトがいいな。
ここ迷宮都市クザヤでは、何ももたない冒険者が一攫千金を成した話がたくさんある。僕もそうなれたら家に仕送りもたくさんできるし、神様お願いします!
ボコ。
ボコボコ。
水が泡立ち、黒く変色していく。
神官達がざわつき始める。
真っ黒になった水面に、赤い文字が浮かび上がる。
『呪呪呪呪呪呪呪呪呪』
「なっ、なんだこれは!?いったいなんなのだこのギフトは!?」
「なんと恐ろしい!」
洗礼の間は一瞬にしてパニックに陥った。
その狂騒の中、さらに血のような赤文字が水底から浮かび上がってくる。
『この者はあらゆる呪われし装備を呪いを受けずに装備できる』
「呪われた物を身に着けられるだと……? そんなおぞましいギフトなど始めてのことだ」
「このようなギフトを持っているから天が怒っているのだ! この水と文字の禍々しさがその証拠だ!」
「追い出せ! 神聖な神殿から呪われた子をたたき出せ!」
反論の間もなく僕の儀式は強制終了され、神殿の外へと追い出された。
そして僕はギフト『呪呪呪呪呪呪呪呪呪』――『あらゆる呪いの装備を呪いのデメリットを打ち消して装備できる』という能力を手に入れたのだった。
……どうしたらいいの、これ。
いきなり困ったなあ。
僕は迷宮都市クザヤの通りを歩きながら嘆息するしかなかった。
迷宮でとれる品や魔石を求めて多くの人がやってくるクザヤの通りは活気がある。店員の呼び込みの声が響き、様々な出自の様々な格好をした人々が歩いている。
きっと冒険者なんだろうな、僕もその中の一人になれるはずだったんだけど……神官から追い出されるようなギフトだしなあ。
どうすればいいんだろう。
やっぱり、呪われてるギフトであろうと、これをなんとか使うしかないのかな。神官の人達は怒ってたけど、他に僕にとりえなんてないし。
「でも呪いの装備なんて持ってないよ」
ほこらがあったよ……。
僕の心の記憶が囁いた。
はっと思い出した。
ここに来る途中に見た、寒気のする祠。
あの禍々しい雰囲気、朽ちかけた祠、もしかしたらもしかするんじゃないか。
思い出したからには行かざるを得ない。
僕のギフトは邪悪な感じしかしなかったけど、でも今の僕はそれに頼るしかないんだ。
記憶を頼りに半日分引き返し、夜の森の中に無事に古びた祠を見つけた。
祠は観音開きの扉がついていて、それには黒紫のねっとりした油みたいなものがへばりついている。そして感じる背筋の寒気。この中に何かがある、間違いない。
取っ手に手をかけると、体の奥まで冷たさが侵入してくる……けれど僕は、構わず扉をひらいた。
「うっ」
気持ち悪い、だいぶ気持ち悪い、ものが、祠の中にあった。
それは無数の人間の顔の皮――四角い盾の表面に、何人分もの顔面の皮を剥がして張り付けた、そんなこの世の終わりみたいな盾があった。
「うわー、ここぺらぺらになった鼻だよね。こっちは乾いた唇。それに目玉のない瞼の皮だけがこっちを見てる。そんなのが盾にびっしり。これまで村から出てなかった僕でもわかる、これは100%間違いなく呪われてる盾だ」
……本当に大丈夫なんだよね?
僕のギフトなら、これ装備しても。
呪いの装備は一般的に、呪いの力によって高性能だが強力なデメリット効果があると言われてる。そのデメリットを僕のギフトは打ち消せる……はずなんだけど、見た目が見た目だけに不安だ。
人間の顔の皮をつなぎ合わせて貼ってるんだよ? 盾の表面に。100%まともな人が作った装備じゃないし、まともな装備じゃない。
でも、僕が生きる道はこれしかないんだ。
信じよう、儀式を。
「神様お願いします!」
僕は盾を手に取った。
瞬間、黒いつむじ風が僕の周りに渦巻いた。間違いない、呪いだ。
『呪われし盾《負の連鎖》。攻撃を受け止めるとその傷を仲間へ飛ばす呪いがかかっている。手にした本人は嫌になるほど守られるが、絆で結ばれた者は誰もいなくなるであろう。決して祠から出してはいけない。決して』
祠の中にはかすれた殴り書きの紙片が添えられていた。前に呪われた人の警告かな。後悔を感じる文章だ。
祠まで作って説明まで作ってなんて丁寧なんだ、僕もこういう丁寧な仕事のできる大人にならなきゃね。まあ、その仕事無視して装備しちゃったけど。
この説明からすると、僕のギフトがあるならこの盾すごく良いってことだよね?
呪いが無効化できれば、被害を仲間に及ぼさず、嫌というほど守られるくらい性能の高い盾ってことになる。
「希望が見えてきた! これを使えば、冒険者としてやっていけそうだよ」
節約のために歩いて町まで来て本当によかった。
これを装備して迷宮都市に戻れば、僕の第一歩が始まるんだ!
「おい見ろよあの盾!」
「人間の顔を貼り付けてる!?」
「なんておぞましいことをしている男なんだ……」
冒険者の第一歩は針のむしろでした。
迷宮都市クザヤに半日かけて引き返し、意気揚々と冒険者ギルド『白鷲の爪』の建物に入ったところなのだけれど、『負の連鎖』を装備した僕には容赦ない言葉が浴びせかけられていた。
だってしかたないよ。
この装備、しまえないんだから。