色々なあの世
ひたり、ひたり、と音がする。初めて聴く音なのに、それが足音だと分かるのは何故なのか。
その、足音が大きくなっていく。つまり、それが近付いて来ているということだ。
それとは別に、赤ん坊が泣いている声がする。おぎゃぁおぎゃぁではなく、ぅあーん、ぅあーん、と。いや、赤ん坊ではないだろう、もう少し大きいかもしれない。それなのに何故、赤ん坊だと思ったのか。
背中がひやりとし、反射的に振り返
勢いよく閉じたから、パンッと音がした。
「もっと凄いもの見てるのに」
「それはそれ、これはこれだよ!」
クラスメートに面白かったと渡されたのはホラー小説で、恐る恐る出だし数行読んでもう無理。もう駄目。ごめんなさい。
そんなオレを見て昴が笑う。
「実物知ってるから余計に怖いかもね」
「それはあるかも。見えるようになる前に思ってたのの上をいく」
いや若干慣れてきてるけどさ、でもその上をくるんだよな……。っていうかオレ、なんで青白いと思ってたんだろうとか、黒いんじゃないかとか、いわゆるホラー映画、ホラー漫画のイメージよりも、実際もっとグロい。それはそれで怖いけど、シンプルなのがもっと怖い。
真っ白くてストンと縦に長くて、何もないのに、口だけある。それも開けた口の中がまっ(自主規制)
「ハクジがいないと生きていけない」
遥か昔の前世のオレよ、ハクジと仲良くなってくれてありがとう。そうじゃなかったらオレ絶対地縛霊とか悪い奴に取り込まれてると思うし……。
そっとハクジに触る。オレの色んな意味での生命線。
「何かお礼したいぐらいだけど、ハクジなんかないの?」
ありがとうは言ってるけど、言葉だけというのもなぁ。
犬じゃないから散歩好きなわけでもないし、むしろ悪霊退治をしてもらう手間をかけるだけっていう。食べ物だって必要ないしさ、神には信仰が一番っていうから祈ろうかと思ったらやめろと言われるしでもう。
『ない。そなたが今生も健やかに過ごせば良い』
日々の恐怖で寿命が縮んでいる気はするけど、ありがたいお言葉に涙出そう。
「それにしてもさ、こんだけ毎日ハクジやレラちゃんが祓ってくれてんのに減らなくない?」
昴はこれでも減ったと言ってたけどさ、学校が集まりやすい場所だというのもあるとしても、数分置きに現れてんのに減ったとはこれいかに。
「人間はいつも同じことを繰り返すのよねー」
ルカがやって来て座ると、ピヨちゃんは肩から下りてレラちゃんにすりっと頬擦りした。レラちゃんも同じようにやる。かわいいかよ!
ルカが来たから弁当のフタを開ける。見えるようになってからは昼は屋上で過ごしてる。
今はまだ母さんが作ってくれる弁当を食べてるけど、料理は少しずつ教えてもらってるところ。朝は時間がないから弁当作る余裕ない。昴のように自分で作れるようになるのが目下の目標。
「同じこと?」
聞き返すと、そうよ、とルカは答えて呆れた顔をする。
「世が荒れると人間の心は乱れるし、乱れた心を持つ人間は他の者に悪意を向ける。それによって命を落とす者が悪霊になる。命を落とさなくても悪意は穢れを生む。そういった穢れが悪霊の餌にもなるし、下手をすれば悪霊になる。それが頂点に達すると自浄作用って言うのかしらね、世を正そうとする者が現れて穢れが大幅に減るのよ。でもまたすぐに世は荒れていくの、それの繰り返し」
うーん、まさに歴史。
ルカの昼飯はドーナツらしい。人間の、それも女子になりたいらしいけど、なったらそんなひょいひょいとドーナツ食えないと思う。母さんがカロリーは悪魔の誘惑って言ってたし。
「だけど今は権力や富を持つ者達の遣り口が陰湿だから、じっくり時間をかけて穢れが作られていってるわね」
そんな煮込み料理じゃないんだから……やめて……。
「オレが見てるアイツらってずっとあのままなのか? 時間が経ったら浄化されたりしないの?」
「黒く塗りつぶされたものが時間が経ったら薄まるとでも思ってんの?」
「スミマセン」
駄目かー、そうだよなー。
アレがアレを食って大きくなるのとか、何回も見てるもんなー……なんつーか、力をつけたいとか腹が減ったっていう食いかたじゃないんだよな……。毟るように食ってる。
人間でもいるよな、自分が不幸だからか人の幸福が許せない奴。なんか、そういう感じに見えちゃうんだよなぁ……。
ため息しか出ない。
何度転生してもビビりなオレとしては、きっと毎回平穏に暮らしたいしか思ってなかったと思う。なんなら悪意が穢れを生むって知って、人に優しくしなきゃって気をつけるようになったぐらいだ。
「なぁ、アイツらはさ、どういう状況なの?」
ハクジから輪廻転生の話を聞いて、悪霊としてこの世に留まってるアイツらはその輪から外れてるってことだ。
「どういう状況ってどういう意味よ?」
聞き方が悪かったのは分かるけど、ルカが馬鹿を見る目をオレに向ける。やめて、傷付く。
「死んだら輪廻転生するんだろ? でもアイツらは転生しないでこの世にいるじゃん。それって良くないことなんじゃないの?」
「当然悪いに決まってるでしょ。これまで積み上げた徳もパァよ」
だよなー。
その上悪霊として悪行(?)を続ければ徳を積むとかの次元じゃなくなるっていうか。最終進化は悪霊の実体化した妖怪?
「ハクジにやられるとどうなんの?」
「強制的にあの世にいくわよ」
「地獄?」
「この国の人間はその辺ちゃんと分かってないわよねー」
呆れ顔のままドーナツをかじるルカ。それ何個目?
「キリスト教なら地獄ね。仏教や道教ならまず冥府に行って、七日毎に門をくぐって十王の裁きを受けるのよ」
「閻魔大王じゃないの?」
「閻魔大王は十王のひと柱よ。秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王の裁きを受けるの。早くに結論が出ればここでおしまい。だから四十九日と言われるの」
閻魔大王だけかと思ってた!!
四十九日って何だよとか思ってたけど、そういう理由なんだ。
「結論が出なかったら平等王、都市王、五道転輪王の裁きを受けて、極楽浄土に行くか地獄に行くかが決まるの。神道なら幽世に行くわね」
幽世聞いたことあるー!
「ってか宗教によって死後に行く場所違うんだ」
皆、地獄に行って裁きを受けるんだと思ってた。
「無宗教の場合どうなんの?」
「日本なら大体坊主が来るから冥府行きね。でも何も信じず、死んでも葬ってもらえなかったらこの世を彷徨うだけよ」
「悪霊になるってこと?」
「違うわよ」
未練があるとかそういう話でもなさそーな?
「神がわざわざ迎えに行くわけないの、わかる?」
「あ、なるほど」
自分を信仰するでもない人間を助ける義務は神様にないよなー。
「それじゃあさ、輪廻転生ってなんなの?」
「仏教やヒンドゥー教の仕組みよ。言っておくけど、輪廻転生と転生は違うわよ? 悠里は何度も転生しているけど、あんたは仏教徒じゃないもの」
えっ、そうなの!?
驚いてハクジを見ると頷かれた。
っていうか、読み方間違えてた!
輪廻がついたらてんせいじゃなくて、てんしょうっていうんだ?
『我は素戔嗚尊と同じ社にて祀られておる』
犬上家は犬神、ハクジを祀ってるってじぃちゃんが言ってたから、神道ってことか。日本人は皆、葬式仏教なんだと思ってた。思い出してみればオレ、親戚の葬式出たことない。
「幽世って常世とか黄泉の国と一緒なの?」
昴がルカに紅茶のペットボトルを渡しながら尋ねる。
「常世の意味は永久。時の流れは一応あるけど、かなーーり緩やかよ。だから幽世とも呼ぶの。ここ、現世とは異なるけど繋がりはある世界。神道でいうところの天津神、国津神が住まうのは高天原ね。その下に中つ国があるけど、それは現世とも跨ってるわ。中つ国の下に黄泉の国があって、悠里、あんたは死んだらそこに行くの」
「ベン図みたいに重なってるってこと?」
確認する昴に、ルカがそうそうと頷く。
「そこに行った後は?」
「死んだらすぐに転生するわけじゃなくって、黄泉の国で過ごし、そこで生前の穢れを落としてから何処に生まれ変わるかを決める。常世側の中つ国に転生してもいいし、現世の中つ国に転生してもいい。子孫を守る守護霊になる者もいるわよ。犬上家の犬神はあんたの先祖よ」
ええぇ、父さんのしろあんとかご先祖様なのか! ご先祖様っていうかオレの子孫っていうか。
「じゃあ、オレも守護霊とかやってたりしたのかな」
『いや、そなたは現世に転生するからな、守護霊になったことはない』
まるでいつも見てきたような口ぶり……。
時間の流れも違うって言ってたし、黄泉の国で過ごしたら転生して、また犬上家の人間として生まれ変わってそう。っていうか、たぶんそうなんだろう。ビビりなのにわざわざ現世に転生しなくてもいいんじゃないの、オレ?
何か考えごとをしていた昴が、またルカに質問する。
「妖力から生まれたのがハクジやレラだってことなら、どの神にも属さない人間は悪霊に取り込まれるか、そのまま同じ世界で転生するってことであってる?」
「あってるわ」
「実体を持つのは現世のみってことか」
昴の言葉をルカもハクジも否定しなかった。
「その管狐」
ルカがレラちゃんを指差す。指を差されたレラちゃんはびっくりして気を付け状態になってる。
「妖力が実体化して器となったものに人間の魂が入り込んだんじゃないかと思うの」
『うむ』
えーと、死んだら基本葬られた宗教のあの世に行く。でも無宗教で、死んでも葬られてない人の魂は行き場がない。その魂が管狐の中に?
神であるルカとハクジが揃ってそう言うんだから、そうなのかな。
っていうかさ、その死に方って……。
「死後から時間が経っていて、いずれかの宗教で葬られた場合、その宗教のあの世に行くの?」
昴は真剣な表情だった。
もしレラちゃんの前世がそういう亡くなり方だった場合、改めて葬る? 供養? をしたらレラちゃんはどうなるんだろう?
きっと昴はレラちゃんをちゃんと供養したいんだと思う。オレもそうしてあげたいと思う。でもそれをしたらレラちゃんは消えるのか?
「行かないわね。魂が管狐の中に収まっているから」
その言葉にほっとしちゃうオレは嫌な奴だと思う。ちゃんと供養してあげたほうが良いって思う。でも、レラちゃんは昴の家族になりつつあるから、昴のそばにいてほしいって思っちゃう。レラちゃんも昴のそばにいて楽しそうに見えるから余計に。
「供養はしてもいいと思うわよ? 意味はないけど」
意味がないとか言わないで……。
あまり表情の変わらない昴が、明らかにほっとした顔をしてレラちゃんを見てる。
レラちゃんは昴の腕を上って肩まで行くと、昴の頬に自分の頬を付けた。
『供養いらない。レラ、転生してご主人のそばいられて幸せ』
「レラ……」
レラちゃん……。
「供養に意味はないけど、霊格が上がる可能性はあるわ」
なんで?
「その管狐の魂からは邪なものが感じられないわ。葬られていたなら、生前の徳によって魂の格が上がって神成りしていたかもしれない」
「え!?」
人間が神様になるの!?
「まぁ、神成りはそんな簡単じゃないから違うと思うけど。子孫を守ったり、子孫じゃなくても気に入った者を守る守護霊はね、霊格が上がるの」
前に霊格が上がると神に成るって言ってた気がする。
「それでいくと神様だらけにならないか?」
「そんな簡単に神成りはしないわよ」
そりゃそうかー。
『レラ、前世の自分、探したい』
まさかの発言に皆驚く。
『霊格上がったら強くなる! ご主人守れる!』
レラちゃんが良い子すぎる!
死後の世界については、様々な教義や見解などがあると思います。
色々と調べて書いてはおりますが、話中の死後の世界などについては、このお話の中の設定と思っていただきますよう、お願いいたします。