梅雨は陰
十四才をすぎてからオレの平和はなくなった。ハクジ最強だし、モフらせてくれるからそこは幸せなんだけどさ……。ルカもいるから大丈夫なんだけど、ルカの張る結界が透明で、その結界にべったりと張り付くアレがアレで辛い。ハクジが殲滅してくれるとしても嫌なものは嫌。
家は結界が張ってあるというのもこの前初めて知った。代々犬上家は、直伝のとあるものを四隅に設置することで結界を張っているんだって。だから成人しても家の中で遭遇しなかったのかと納得。家にずっといたい!!
室内の空気をすん、と嗅いでハクジが言う。
『芒種だな』
「ぼうしゅ?」
『暦だと大体入梅と被る』
「あぁ、梅雨入りかぁ」
梅雨の時期はジメジメしてるのに暑かったりして、嫌なんだよね。だからって梅雨明けするとまた暑すぎて死ぬんだけどさ。体温超えてくんの本当止めてほしい。
『覚悟しておけ』
「えっ、なに?」
なんの予告?
『陰と陽の気がこの時期は陰に大幅に傾く』
あー、察した。
言われなくても察しましたよ。
「増えるってことですか、ハクジさん」
『そうだ。まぁ、我と護法のがいるから問題はないがな』
「そうなの?」と聞き返す。
ルカは座敷童子とかいいながら、実態は護法童子という神様なんだよね、アレで。
『我や護法の神格はもはや陰陽の影響を受けぬからな、大事ない。だがそなたのててごは体調を崩すであろう』
ててご、とは父親のことらしい。ハクジの言葉遣いは古風で、スマホでたまに調べることがある。
「しろあんがいるのに?」
父さんのフレブルは、ちょっと触らせてもらったことがあるけど、なんだかむっちりしていた。毛はあるんだけど、皮膚に触ってるみたいな、毛と皮膚の中間みたいな不思議な感触だった。そしてすごい表情がオッサンぽい。でも犬だと可愛い不思議。
『見えないだけで常にててごの犬神は悪霊などを祓っている』
「あー、そっかー」
父さんは見えないだけでアイツらは寄って来てるんだよな。犬神は大きさが強さを表すとするから、しろあんだと大変そう。
そういえば父さん、いつも梅雨時期は帰宅が早い気がする。あれきっと結界の中に入りたいんだろうな。レラちゃんが頑張ってアイツらと格闘すると、昴が霊力を持ってかれて腹が減るって言ってたし。
「ハクジ」
『なんだ』
「ハクジが強いのは知ってるけどさ、大丈夫か? 辛くないか?」
レラちゃんにハクジに感謝しろって言われたことあったな。
『我はな、既に神成りをした身だ』
「雷?」
『神に成ると書いて神成りだ。そなた達人間が大好きな転生というのはある。我は初代犬上家当主と契約した犬神であり、その魂を引き継いだ者が生まれれば守りに就く』
「えっ、なんかエモい!」
『えも? なんだそれは』
「興奮とか感動って意味! えっ、オレは覚えてないけど、ハクジはずっとオレを守ってくれてたんだ!」
ぅわっ、ちょっとマジエモい。こういうの年齢的にも反応しちゃうんだよね!
「……なぁなぁ、ハクジ」
興奮したままハクジのモフモフに顔を埋めて、あー、幸せーなんて思っていて、そうかそうか前世のオレもそのまた前のオレのことも守ってくれてたんだー、って思ったところで、ちょっとあることが気になった。
『なんだ』
「あのさ、前世のオレってさ、なんて名前付けてた?」
変な質問だなって自分でも思う。前世からオレをずっと守ってくれてたのが分かって嬉しいんだけど、オレはオレで、前世とは別人格だし、覚えてないし……。
『何故かそなたは我に決まってハクジと名付ける。何度生まれ変わっても変わらず』
オレエモい!!
『それから、何度生まれ変わっても小心なところは変わらんな』
ビビりデバフ標準装備。ハクジにはハクジという名しか付けない!
転生しても変化なしなオレ! エモさ消えたー……。
でもまぁ、「安心した」と言うと、ハクジの大きな手でおでこをぺしりと叩かれた。このさー、ハクジの足裏がさー、なんでかしらんけどポップコーンの匂いがして好きなんだよね。
「昴とレラちゃん大丈夫かなー」
学校ではハクジとルカがいるとして。
『その飯綱』
「レラちゃん?」
『アレは実に稀な存在だ』
「なんかルカもそんなこと言ってたよな」
神使になったピヨちゃんはまだしゃべれないのに、野良(?)飯綱のレラちゃんは喋れるし、前世人だった記憶があるらしい。
「人間から妖怪に転生ってあるの?」
『あるにはあるがその場合は穢れておる』
「穢れ?」
モフモフに顔を埋めるのをやめて、ハクジを背もたれにして座る。これがまたねー、ふわっふわで幸せなんだよね。
『何某かの悔恨や怒りの念に囚われた者が悪霊や妖となる。囚われたが最期の瞬間己に何があったか漠然として認識できぬ場合は地場に憑き、地縛霊となる』
「なるほど」
なんか、それは分かるかも。死んだ場所から離れられないっていうのはよく聞くし。
『レラはあのまま神格を上げていけば九尾となるかもしれん』
「きゅうびって、九尾の狐ってこと?」
『妖力の強さを表すのはそれぞれの妖によって異なる。犬神なら身体の大きさ、狐ならば尾の数といったようにな』
レラちゃんの尻尾が九尾になるのを想像して、あのままでいてほしいと思ってしまった。ふさふさもいいけどさ、オコジョのままでいてほしいとか思ってしまう。
『そも、犬神や妖狐といった神成りを果たせるような妖というのは妖力から生まれ出ずるものがほとんどだ。それと同じ素養を持ちながら前世人であった記憶を持つあの飯綱は稀だ、というより見たことがない』
「SSRじゃん!」
確かにあの可愛さで、あんな風に喋れて踊れるし、戦ってるし、レラちゃんSSR! うちのハクジもだけど!!
『そなたは何度生まれ変わっても、小心で楽天家だな』
えっ。馬鹿って言われた。
ちょっとショック。