夜中のサイレン
夜中、サイレンの音が凄くて目が覚めた。その所為か今日は頭がぼんやりする。
眠いというか頭が重くて、ぼけた顔になってたんだろう。オレの顔を見て昴が苦笑いを浮かべた。
「サイレン凄かったね」
「それな」
「救急車だけじゃなく、パトカーも来てたみたいだから、何かあったんだろうけど、ニュースにはまだなってなかったよ」
朝のバタつく中でニュースを見れる昴が凄い。オレなんてぼんやりトーストかじってただけなのに。
「大きな事件とかじゃないといいな」
「……うん」
え、待って。昴の今の間、なに?
何かを考えているのか、昴は別の方向を見てる。はぐらかしているというより、何かを思い出そうとしている、そんな感じ。
「なんか知ってんの?」
「悠里にはいつもどおりに見えているのかもしれないけど、今日、多いよ」
言われてみればいつもより多い気がする。何がって、アレが。いつも以上に細かいものがオレに向かってくる。それをハクジが身震いだけで消し去っていくもんだからあんまり気にしてなかった。良くない方向に慣れすぎでしょ、オレ……。
「前にもこういうのあった気がするんだよね」
「えっ?」
「でもその時、ニュースになったのかまでは覚えてない。悠里が襲われる量が倍増してたのは覚えてる」
倍増していたって……さらっと言ってくれるよなぁ。
「それっていつ?」
聞いても分からないんだけど、一応聞いてみる。
「小学校上がってすぐくらいじゃなかったかな」
小一の時のことなんて全然覚えてないよ。その時はオレも見えてない時だったし。
見えない時に戻りたいかと言われると、ハクジの存在を知ってしまった今となっては思わない。むしろ守ってくれていたハクジに気付いてない自分を殴りたい。
「ところでレラちゃんは?」
いつもなら昴の胸ポケットや首のあたりから顔をひょっこり出して挨拶してくれるのに。
昴は胸ポケットをそっと撫でる。
「今日は凄く眠いみたいなんだよね。今もここで寝てる」
『……そうであろうな』
珍しくハクジがオレと昴の会話に参加してきた。
「え、そうだろうなってどういうこと?」
『飯綱が魂を吸い込んでおる』
「えっ! また!?」
レラちゃんが魂を吸い込んでるって何!?
『穢れのない魂だ』
……どういうこと? 今度は穢れのない魂??
道の真ん中で立ちすくんでいたところ、ルカもやって来た。
「光の筋を追ってきてみればその管狐に吸い込まれているのね」
「ちょっと詳しく聞きたいから、早く学校に行かない?」
真剣な表情で昴が言った。オレも頷く。
いつもより早歩きで学校に向かう。道々オレに襲いかかってくる奴のことも気にならなかった。
レラちゃんに何が起きているのか知りたかった。知るのは怖い。でもレラちゃんのことがなによりも心配だった。
学校に到着後、教室の隅に三人で固まる。
ルカが光の筋というから、レラちゃんがいる昴の胸ポケットを凝視していたらそれっぽいのが見えた!
「まだ吸い込まれていってるみたいだけど、なんなの、その光」
「何で見えるようになってんのよ」
「凝視してたら見えるようになった」
オレの言葉にルカの眉間に皺が寄る。それから大きなため息を吐く。
「あんたね、そのへんにしておきなさいよ」
そのへんにしておくってなんだよ?
『無理であろう。此奴のこれは無意識故な』
ハクジまでなんか微妙に酷い。
「そうだろうけど」
『そも、既に限界に達しておる』
待って。何の話をしてんの?
オレ、何かやばいとこにいんの!?
「レラの話と悠里の話は繋がってるの?」
昴の言葉にルカはため息を吐き、「繋がってないわ」と答えた。
「詳しくはお昼休みに話すわ。軽く話せる内容じゃないし、理由も分かったし」
えぇーっ、分からないままお昼までお預け!?
やっとお昼になった……。
授業が全く頭に入ってこなかったよ。レラちゃんのことが心配で。オレのことはなんというか、ハクジが理解してるっぽいから後回しでいいかなって。いや、良くはないんだけど、オレよりレラちゃんのほうが気になる。
「ごめん、レラのこの状況が分かるなら教えてほしい」
昴の言葉にルカがため息を吐く。
「この前その管狐の魂に穢れがないって話をしたの、覚えてるわね?」
オレと昴は頷いた。
「あんた達も散々見てきたように、悪霊が魂を食らうのは霊格は上がっても魂が穢れる行為なの。でも例外はあるわ」
「自ら吸い込まれることを望んだ場合?」
昴の問いにルカが頷く。
「穢された魂や弱い魂、穢れなき魂が望んで管狐に吸収されていってるの」
「なんで?」
この前ハクジが言ってたように、救済されたがってる穢された魂はなんとなく分かる。弱い魂も。でも穢れてない魂がってのが分からん。
『依代としての素質を持つからだ』
依代……。
「めかんなぎやおかんなぎってこと?」
『うむ』
めかんなぎ? おかんなぎ?
さっぱり分かってないオレに昴が説明してくれた。
巫覡。女性なら巫、男性なら覡と呼ぶんだって。巫覡というのは神を降ろすシャーマン的な存在で、巫女さんや神主さんとは違うらしい。そんなことできる人マジでいるんだ。
それにしても昴、レラちゃんのことで色々調べたんだろうな……。そういうの全く関心ないタイプだったのに。
『飯綱の魂が巫覡なればこそ、他の魂を受け入れる素養があるのも得心がいく』
「まぁまぁいるわよ、巫覡の素質を持つ人間。でもそういう人間は霊感もあるから、まぁ苦労するわね」
現代社会でも多様性うんぬんいってても、霊感がーなんて言ったら中二病か構ってちゃんと思われるもんなぁ。
誰にも話したことないな。話さなくても分かってくれるというか、同じように見える昴やルカ、親や親戚が分かってくれるってのは大きいよなぁ。つくづく犬上家って特殊。
「レラが巫覡だとして、光が吸い込まれているのと、眠っている理由を教えてほしい」
「吸い込んで融合しているのよ」
融合。魂が?
山でも吸い込んでた。でもあの時の魂は光ってなかった。助けを求めてたのは穢された(?)魂だったから?
じゃあ、この光は?
「その光とレラの魂は同じ光?」
昴の言葉にルカは眉間に皺を寄せると、「ほぼほぼ理解してるのね、昴は」と言った。
えっ、オレだけ理解できてない。置いてかないで!
これまで見たこともないくらいに深いため息を昴は吐いた。頭が痛いのか、右側のこめかみに手を当てる。
「……兄キに聞いてみたんだよ、オレ達が小一ぐらいの時に事件とかなかったかって」
授業中にそんなことしてたのか、さすがだな。春樹兄なら高校生だったし、オレ達より色々知ってる可能性高いな。
「某宗教団体による児童誘拐事件。それも複数の子供の」
頭を殴られたような衝撃が走った。
「……それって、解決したのか?」
普通に聞いてるつもりなのに、声が掠れるっていうか、咽喉が乾く。
昴は首を横に振る。
「疑われたけど、子供達は見つからなかった」
胃のあたりがぎゅっと痛む。
「当時兄キの友人の弟が行方不明になったらしい。その弟は霊感があって、霊の存在を必死に訴えてたらしいんだけど、周りの人間は見えてないから相手にしなかったらしいんだ」
そこで言葉を区切るとため息をもう一度吐き、「行方不明になった後、兄キの友人家族はずっと後悔してたって。もっと真剣に聞いてやれば良かったって」と言った。
まさか行方不明になるなんて思わないよな……。
「同時に何人もの子供が行方不明になってるから、事件性が疑われてカルト団体が疑われたけど、証拠もなにもなく、迷宮入り。でね、その弟が行方不明になる前に言ってたんだって。光の筋が見えるって」
今日何度目になるか分からない、鳥肌がたって気持ち悪い。
「実は、オレも見えるんだ、その光の筋が」
「でしょうね」
ぎょっとするオレの横でルカが肯定する。
ところでその光、オレがさっきから見えるようになってる奴……だよ、ね?
「オレは兄キより霊感があった。だから兄キに相談した。いつもヘラヘラしてる兄キが、真剣に言ったんだよ。"絶対に見えることをオレ以外に言うな"って」
春樹兄は昴が誘拐されないためにそう言ったんじゃなかろうか。
「だからオレは見えないフリをしてきたし、悠里がいたから大丈夫だった」
「え、オレ?」
昴は困ったように笑う。
「悠里とハクジがあちこちの悪霊を祓ってくれるから、見えずにすんだ奴は結構いるんだよ。お互いに話しはしなくても視線で分かるんだよ、"あ、コイツ見えてるな"って」
そんな中オレは全然見えてなかったと……。
その後昴が何人かの名前を口にした。昔から仲良くしてる奴ばっかりだった。
アレッ、もしかしてみんなハクジ目当てで側にいた?
「家族にも理解してもらえない。アイツらの存在を瞬殺する狼を連れた悠里は、オレ達にとって救いだったんだよ」
えー、だからアイツらオレの進学先気にしてたの? オレ達仲良すぎって思ってたオレのアホさ加減よ……。
「あの時見たのと同じ光が、レラに吸い込まれてる」
レラちゃんの魂と同じ色の光。今も光が昴の胸ポケットに吸い込まれていってる。
──ボク、光の筋が見えるって聞いたんだけど、本当かい?
──本当だよ! 嘘じゃない!
──信じるよ。そのお話聞かせてくれるかな?
──うん、いいよ!




