第61章 徳川家康とトランキライザー
陽希と莉桜が降り立ったのは、16世紀の日本・江戸だった。
周囲には侍や町人が行き交い、屋台の匂いが漂う活気ある城下町。
「おお……これが江戸か!!」
陽希は感慨深げに周囲を見渡した。
「そして今回の相手は徳川家康ですね」
莉桜が巻物を広げながら説明する。
「えぇぇ!? あの天下人の!?」
「はい。戦国時代を終わらせ、江戸幕府を開いた大名です。彼はとにかく慎重で、何より“我慢”を大事にする人物でした」
「うわぁ……そんな鉄壁メンタルの人に、俺が物を売るのかよ……」
陽希はため息をつきながら、鞄の中を確認した。
「で、今回売るのは……トランキライザー!?」
「……え?」
莉桜も目を丸くする。
「いやいやいや!!! なんで戦国大名に“精神安定剤”を売るんだよ!!!」
「むしろ家康が一番メンタル強いのでは?」
「これ、どうやって売れってんだぁぁぁ!?」
陽希は頭を抱えながら、徳川家康の城へと向かった――。
天下人への謁見、しかしまさかの……!?
城の門の前に到着すると、武装した屈強な武士たちが陽希を睨みつけた。
「ここは徳川家康公のお城。商人風情が何の用だ?」
(うおおお!!! めちゃくちゃ厳しい雰囲気!!)
陽希は深呼吸し、堂々と名乗った。
「私は陽希!! 旅の商人です!! 家康公に、特別な商品をお届けに参りました!!」
武士たちは怪訝な顔をする。
「特別な商品だと? 何を売るつもりだ?」
陽希は胸を張って叫んだ。
「私が売るのは――トランキライザーです!!」
武士たち:「……?」
莉桜:「……?」
武士A:「と……なんだと?」
武士B:「まさか……そ、それは……新手の毒薬か!?!?」
(ギャァァァァァァ!!! 変な誤解が生まれてるぅぅぅ!!!)
陽希は慌てて手を振った。
「ち、違います!!! これは毒じゃなくて、心を落ち着けるお薬です!!」
しかし――
「ふん、天下人たる家康公が、そのような“心を落ち着ける薬”など必要とするものか!!!」
(そりゃあそう言われるよなぁぁぁ!!!)
莉桜が小声で囁く。
「陽希さん、家康公はどんな状況でも冷静で、精神的にブレないことで有名な人ですよ?」
「知ってるよぉぉぉ!!! だから一番売りづらいんだよぉぉぉ!!!」
武士たちは剣に手をかけ、厳しい目で陽希を睨む。
「貴様、この薬で我らが主君を侮辱するつもりか!?」
(ヒィィィィ!!! ガチで斬られるぅぅぅ!!!)
そのとき――
「待て」
城の奥から、落ち着いた声が響いた。
(おおお!? これは……!?)
門が開かれ、そこに現れたのは――
徳川家康、その人である。
小柄ながら堂々とした佇まい、目の奥に鋭い知性を宿した天下人。
家康は静かに陽希を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「商人よ。その“トランキライザー”とやら……詳しく聞かせてもらおうか」
(き、来たぁぁぁぁ!!! でも、どうやって説得すりゃいいんだぁぁぁ!?)
天下人 vs 商人、まさかの交渉開始!!
陽希は緊張しながら、一礼した。
「徳川家康公、お目にかかれて光栄です!! では、この“トランキライザー”についてご説明いたします!!」
家康は微動だにせず、静かに聞いている。
「この薬は、戦や政治でお疲れの心を癒やし、冷静な判断を助けるものでございます!!」
家康:「……ふむ、なるほど」
(よし、今のところ悪くない……!!)
しかし――
「だが、私は今まで戦乱を生き抜き、冷静に戦を制してきた。そのような薬に頼る必要はない」
(やっぱりぃぃぃぃ!!!)
家康は静かに続けた。
「戦国の世を生き抜く者にとって、冷静さは己で鍛えるもの。薬に頼るようでは、天下人の器ではない」
(くそぉぉぉ!!! 完全論破されてるぅぅぅ!!!)
莉桜が耳元で囁く。
「陽希さん……これはかなりの難敵ですね」
(分かってるよぉぉぉ!!! でも、ここで諦めたら商人じゃねぇ!!)
陽希はグッと拳を握りしめ、さらに説得を続けた。
「確かに家康公は、常に冷静でおられる……ですが!!! 人間とは、誰しも心が乱れることがあるものです!!」
家康:「……?」
「この薬は、ただの“甘え”ではありません!! むしろ!! 家康公のような天下人にこそ必要なものです!!」
家康は興味深げに陽希を見つめた。
「……なぜそう思う?」
陽希は深呼吸し、覚悟を決めた。
「家康公は天下統一を成し遂げました。しかし、天下を取った後こそ、大きな決断を迫られることが増えるはずです!!」
「ときには、わずか一瞬の判断ミスが、未来の日本に影響を与えるかもしれません!!」
「そんなとき!! 心を落ち着ける時間を持つことこそが、天下人の責務ではないでしょうか!!?」
家康:「……!!」
家康はじっと陽希を見つめた。
そして――
「……面白い考え方だな」
(よっしゃぁぁぁぁぁ!!!)
「では、その薬、試してみよう」
(きたぁぁぁぁ!!! 売れる!!! 売れるぞぉぉぉ!!!!!)
しかし――
まさかの事態が発生することを、陽希はまだ知らなかった。
(ん……? なんか嫌な予感がするぞ……?)
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(ま、まじか……家康公が薬を試してくれる流れになったぞ!?)
陽希は内心でガッツポーズをしながら、慎重にトランキライザーを取り出した。
「こちらが、その“心を落ち着ける薬”でございます」
家康は薬をじっと見つめ、眉をひそめた。
「……これは、どのように服用するのだ?」
「えっとですね、水で飲んでいただければ、穏やかな気分になり、ストレスが和らぐ効果があります!」
家康は考え込むように薬を見つめたが、やがて頷いた。
「なるほど。では、試してみるとしよう」
(よしよし、これで……!!)
家康は慎重に薬を口に含み、水で流し込む。
陽希:「……どうでしょう?」
家康:「……ふむ」
一同が固唾を飲んで見守る中――
突然、家康がぐらりと体を揺らした。
陽希:「……!?」
家康:「……こ、これは……」
(えええええええ!? なんかヤバい反応してる!?)
家康の顔がほんのり赤くなり、まぶたがトロンと重くなっている。
「む……な、なんだこれは……妙に……気持ちが……」
(えぇぇぇぇ!? ちょっと待って!! まさか即効性が!?!?)
家康は目を半分閉じたまま、椅子にもたれかかる。
「むぅ……これは、なかなか……心地が良い……」
(あれ……? これ、もしかして……)
莉桜:「……陽希さん、これ、もしかして家康公……眠くなってます!?」
(そ、そうか!! リラックスしすぎて、めちゃくちゃ眠気がきてるんだ!!)
家康:「……む、むにゃ……」
(おおおおお!!! 天下人が眠りに落ちそうになってるぅぅぅ!!!)
側近の武士たちが青ざめる。
「家康公!! 大丈夫ですか!!?」
「な、なんと……!! 天下人が……!!」
すると――
バタンッ!!!
家康、爆睡。
陽希&莉桜:「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
側近:「な、なんということだ!! 天下人が薬で倒れたぞ!!!」
(やっべぇぇぇぇぇぇ!!! これ、完全に俺が毒を盛ったみたいになってるぅぅぅ!!!)
側近たちが一斉に陽希を睨みつけ、刀に手をかける。
「貴様!! まさか毒を!!!」
(ぎゃぁぁぁぁぁ!!! そんなわけないだろぉぉぉ!!!)
莉桜:「ち、違います!! これは毒ではなく、リラックス効果による眠気です!!!」
側近:「な、なんだと……!??」
すると――
「……すぅ……すぅ……」
家康、安らかな寝息を立て始める。
(えぇぇぇぇぇ!!! 天下人がこんな無防備な姿を晒すことなんてある!?!?)
すると、ある側近が驚いたように呟いた。
「……こんなに穏やかに眠る家康公を見たのは、初めてでは……?」
「確かに……。殿は、いつも夜更かしされており、寝不足が続いておられた……」
(えっ……そうだったの!?)
「むしろ、これは……貴重なことなのでは?」
「……殿にとって、必要なものだったのかもしれぬな……」
すると、寝息を立てていた家康が、ゆっくりと目を開けた。
「……ふぅ……」
陽希:「(ひぃぃぃ!!! ど、どうなる!?)」
家康はまばたきをしながら、穏やかな表情で言った。
「よく眠れた」
(えぇぇぇぇ!!! すっきりした顔してるぅぅぅ!!!)
家康はスッと姿勢を正し、陽希を見つめた。
「これは、確かに良いものだな」
(マジかぁぁぁぁぁ!!!)
家康はニヤリと微笑み、陽希に向かって言った。
「商人よ、その薬、買おう」
(きたぁぁぁぁ!!!)
「これがあれば、戦の合間にも質の良い眠りがとれる……これは天下人として、必要なものだ」
(まさかの……大絶賛!!!)
こうして、陽希は無事にトランキライザーを徳川家康に売ることに成功したのだった。
(いやぁ……今回はマジで危なかった……!!!)
莉桜:「陽希さん、今回の交渉……本当にギリギリでしたね」
「ほんとになぁぁぁ!! もう二度と天下人の前で実験とかしないぞぉぉぉ!!!」
こうして陽希は、またしても歴史に奇妙な痕跡を残しながら、次の交渉へと向かうのだった――。
第61章 徳川家康とトランキライザー 終